81話 ハリスの苦悩
——カインズ襲撃後——
ここはカルアの大森林——。
フォルステリア大陸最大の国家であるカルア王国が所有する森林の一つだ。
場所は王都の外れにあり、面積は一つの小国ほどもある。
そして、王都の華やかで活気あふれる雰囲気とは対称的に、人工物が何ひとつとしてない自然あふれる新緑の世界だった。
しかし、そんなカルアの大森林も今は見る影もなく、大地が剥き出しとなり、周囲にはもう緑は存在していなかった……。
こうなってしまったのにはわけがある。
おれはこの場所にハリスという精霊に会うために来た。
たいした用事ではなかったが、それでも直接会って話したいことがあったのだ。
そして、おれたちはハリスさんに出会うことはできたのだが、そこには魔界からやってきた魔族がいた。
しかも、そいつは魔族の中でも魔王クラスと呼ばれる魔王と同じくらいの実力を持った魔族だった。
魔王とは魔界で62人しかいない有数の存在であり、膨大な魔力を持っている。
そんな魔王と同格の力を持つ魔族——カインズが人間界にやってきたのだ。
おれはカインズに傷つけられているハリスさんを助けるために戦った。
アイシスやハリスさんも協力してくれたものの、おれたちの攻撃はほとんど通用しなかった。
アイシスは上位悪魔だし、ハリスさんも高位の精霊だ。
そんな二人の力を借りてもカインズとおれたちには越えられない壁が存在した。
そして、おれは戦うことのできなくなったアイシスとハリスさんを助けたい一心で、契約している悪魔カシアスを魔界から召喚した。
正直、カシアスには悪いと思っていた。
2年前に初めて会ったとき、カシアスは自分は上位悪魔ではないと言っていた。
魔王クラスのカインズを相手に無理やり呼び出して一緒に戦ってくれだなんて、おれはカシアスに一緒に死んでくれと言っているようなものだという自覚もあった。
ただ、それでもおれは傷ついた二人を助けたかった。
おれだけではどうしようもできないことが目の前にあって、誰かに助けて欲しかった。
カシアスは防御魔法には自信があると言っていたし、おれは何とかして欲しいという思いでカシアスを召喚したのだ。
魔力がもう枯渇していたおれは魔法陣を描かずに召喚魔法を使った。
だが、事態はおれの考えていた最悪の展開とは打って変わって解決へと向かった。
召喚した後に知ったことだが、なんとカシアスは敵であるカインズもよく知っている魔界でも有名な悪魔だったらしい。
さらに、なんと魔王序列第4位という魔界で4番目に強い魔王であった。
全てが終わった今だから言えるが、なんでおれに黙っていたんだよ!
自分は攻撃魔法は全くダメなのですとか言っておきながら、えげつない魔法をぶっ放していたぞ!!
カシアスがあれだけ強いと知っていたのなら、おれは最初からカシアスを頼ったのにな……。
そんな強過ぎるカシアスは一方的にカインズを圧倒していった。
そして、カインズを降伏させて魔界に帰っていきましたとさ。
まぁ、結果として死者は一人も出ていないからそこはいいんだよ。
だけど、そんな魔王クラス同士の争いの戦場となったカルアの大森林は、今のように荒れ地になってしまったのだ。
そして、おそらくこれはカルア王国で大問題となることだろう。
おれはそれが心配だ。
そして、言い忘れていたがおれはハリスさんと再会できただけでなく、父さんとも再会することができた。
おれは訳あって養子のような形でサラの両親に育てられた。
父さんと母さんのことはまだ小さかった頃の記憶しかないが、おれが殺してしまったのではないかとずっと思っていたからこそ再会できて嬉しかった。
そして、リノの転移魔法でやってきたサラも父さんと会って三人で話が進み、おれたちは父さんたちと再び暮らすこととなった。
ちなみに、学校はカルア王国にあるエリート学校に通う予定だ。
そんなことを荒れ地となってしまったカルアの大森林でおれたちは話していた。
◇◇◇
「そろそろ私は動けるようになりました。リノさん、ありがとうございます。今すぐにでも今回を件を国王に報告してこないとですね」
リノに治療してもらっているおれの横にいたハリスさんが腰を上げてそう話す。
「リノで良いわよ。私は今でも貴女を親友だと思っているもの」
リノはハリスさんに向かってそう告げる。
確か二人は前世ではかけがえのない友だったって言ってたな。
ハリスさんはその言葉を聞きリノに微笑みかける。
「しかしハリス様、どのように国王陛下にお話しするおつもりで?」
そう話すのはおれの父さんだ。
確かに父さんの言う通り、素直に魔界から魔族がやってきましたと言うのだろうか?
「話すべきことは話しますが、無駄に王国を混乱させることは話すべきではないでしょう。マルクス、貴方も来てくれますね」
「はい。もちろん」
どうやら、ハリスさんも全てを話す気はないらしい。
おれにはこの国の事情はよくわからないが、この人間界において魔族が襲撃してきたという事実が重いことはよくわかる。
800年前にあった魔界からの魔族の人間界侵攻。
それはこの人間界では大きなトラウマとなっている。
魔族が再び攻めてきたなんて報告したら王国中、いや世界中がパニックになるだろう。
今回やってきたカインズも色々とわけがあったようが、それでも人間界にうらみがあるようではなかった。
魔族たちは人間界を『下界』と呼び、興味を持っていないようだし、何とか王国への報告を魔族の侵攻以外で上手く説明できないだろうか。
おれは何か自分にできることはないかと考える。
そして、一つの案を思いつく。
「ハリスさん、おれの仲間に地龍が一匹いるんです! その地龍が暴れたことにできませんかね? それでおれたちが地龍を制圧して仲間にしたっていうことにしませんか!」
おれには地龍のヴィエラという仲間がいる。
今はフォルステリアではなくゼノシアにいるが、リノやアイシスに転移魔法を使ってもらえればここまで連れてくることができるだろう。
それに地龍は人間界最強の魔物らしい。
地龍が暴れましたと言えばこれくらいの被害も納得してもらえるのではないだろうか?
「それはあまり良い策ではないですね……」
ハリスさんは自信満々に話すおれに微妙な顔つきでそう語る。
どうしてなんだろうか?
もしかして、フォルステリアには地龍が生息しないとか?
それとも地龍だけでここまでの被害が出るようなことにはならないとかか?
「地龍が暴れたと報告したら、その地龍は殺すようにと国の方針では決まるでしょう。この森に被害を与えたことは王国にとってアベル様が考えている以上に重いことなのです。その地龍がアベル様のお仲間でなければその方法でも良いのですが……」
ヴィエラが殺されるだって!?
そんなのは絶対にダメだ!!
いくら地龍が暴れたからといって仲間にしたのだからいいじゃないか……。
でも、やっぱ責任は取らされるのか。
それにカルア王国にとって、例えば『地龍が仲間にしました』となったところで何かメリットはあるのか?
国の資産を破壊した地龍を通りすがりの少年が仲間にしていきましたは確かに通用しないか……。
「それに、魔界から魔族がやってきたのは事実です。今後どのような事態に
ハリスさんの言葉を聞いておれはハッとする。
おれはこの事態をどうやって誤魔化すかばかりを考えていた。
しかし、現実問題として今後の対応も考えなければならないのだ。
エルダルフに続きカインズ……。
おれが知っているだけで魔界の魔族が二度も人間界に襲撃してきた。
二人とも人間界に用があったというわけではなさそうだが、それでも事実は事実なのだ。
「しかし、この世界にはもう七英雄様たちはいらっしゃらないのです。全てを正直に話しても混乱してしまうばかり。どうしたものか……」
ハリスさんは困った様子で嘆いている。
そうか、当たり前だけどもう七英雄たちはいないのか。
七英雄の一人、カタリーナという人はエルフだって聞いていたから、もしかしたらとは思ったけど流石に800年も昔なんだもんな。
「とりあえずアベルとセアラはうちに来なさい。わしが案内しよう」
おれも十分リノの回復魔法で楽になった。
魔法以外はもういつも通りの感覚だ。
そして、これから父さんがおれとサラを家に案内してくれるようだ。
10年ぶりに母さんにも会えるのだ。
おれは胸がドキドキとしていた。
「マルクス、やはり貴方はアベル様たちと一緒にいなさい。10年間も親子
ハリスさんは和かな笑顔でそう告げる。
どうやら国王とやらのところへは一人で報告しに向かうようだ。
「ありがとうございますハリス様。それではお言葉に甘えさせてもらいます」
ハリスさんの優しさだろうか。
おれとしても嬉しい。
まぁ、父さんは途中から気絶していたし、転移魔法で遠くへ飛ばされていたからな。
状況説明なんかはハリスさん一人でも十分なのだろうか?
「その代わり、おそらく
ハリスさんの計らいもあって、父さんは少しの間だがおれたちと過ごすことができるらしい。
こうして、おれたちは父さんに連れられてこれから一緒に暮らす家へと向かうことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます