第三章

80話 前世の記憶

  それはそれは昔、この世界には恐いこわい怪物たちがたくさんいました。

  そんな恐ろしい世界で、アレフという男の子は恐い怪物たちに見つからないように暮らしていました。


  ある日、アレフは一人の女の子と出会いました。

  その女の子はシャルルという名前で、とてもかわいい女の子でした。


  シャルルは怪物に隠れて暮らそうとするのではなく、怪物たちをぜんぶやっつけてから安心して暮らそうとしていました。

  しかし、シャルルは怪物には勝てませんでした。


  そこでシャルルはアレフに一緒に協力してほしいと言いました。

  シャルルを好きになっていたアレフは、シャルルと協力して怪物をやっつけようとしました。


  しかし、アレフとシャルル二人では怪物には勝てません。

  そこで二人は友だちを集めることにしました。


  そして、四人の友だちを作ってアレフたちは六人で遂に怪物たちをやっつけることができました。

  怪物を倒したアレフはシャルルや友だちと、怪物がいなくなった世界で楽しく暮らせると思っていました。


  しかし、怪物がいなくなった世界では六人が好き勝手にして暮らしはじめました。

  そして、知らないうちに友だちを傷つけることが増えました。


  そして、そして、そして……。


  四人の友だちはシャルルを気づかないうちに傷つけていました。

  アレフがそれを知ったとき、シャルルは四人の友だちを殺してしまった後でした。


  そのとき、シャルルはもうシャルルではなくなってしまっていました。

  そして、アレフは大好きなシャルルと一緒に死ぬことにしました。




  ◇◇◇




  「おしまい、おしまい」


  父さんはそう言うと、さっきまで読んでいた本をパタンと閉じ、膝に乗っかるおれをかかえて話しかける。


  「どうだったれん? 今の話はおもしろかったか?」


  父さんは、まだ3歳にも満たないおれに物騒な内容を本を読み聞かせる。


  「ちょっと、あなた。もしかして、また蓮に変な本を読んであげてたんじゃないでしょうね?」


  台所で料理をしていたであろう母さんが、リビングにいるおれたちのもとへとやってくる。


  そうだ、父さんはよく変わった本をおれに読み聞かせていた。

  たいていは外国のよくわからない童話だ。


  「いくらまだ蓮が小さいからって、もう段々と言葉もわかる年齢になってきてるんですからね。変なことは教えないでくださいよ」


  母さんが父さんにきつく言いつける。


  しかし、もう遅いだろう。

  おれが言葉を理解しはじめてきた頃には、もう既に父さんからの変な物語を読まされる習慣は根付いていたのだ。


  「変なことじゃないさ! 今日読んであげたのは、仲間と一つの目標に向かっているときよりも、目標を達成した後こそ気をつけないといけないという教訓のお話だ。共通の目標がなくなった仲間との関係は壊れやすいのだよ」


  父さんは何だかうさんくさいペテン師のようなことを言っている。

  今の物語からそんなことを読み取れと本当に言いたいのだろうか?


  「本当にそんなことが書いてある本なのかしらね?」


  母さんは怪しげな表情を浮かべ、父さんを見つめる。


  父さんはよく海外に仕事で出かけるらしく、そこで現地の神話や童話に関する本をよく買ってくる。


  英訳されている本がメインだが、母さんは英語が苦手らしく父さんが買ってくる本の内容が理解できていない。

  父さんがおれに読み聞かせをするのをたまに聞き、教育上よくないと怒鳴るのがいつものパターンだ。


  今考えれば、父さん以外は英語が読めないのだ。

  父さんは本には全く書いていない、自分が語りたいことを適当に話を作って読み聞かせている可能性まである。

  真相は謎に包まれたままだ。


  「本当だって! この本はヨーロッパの古い絵本みたいらしいんだ。内容だって、しっかりと間違えないように訳したさ」


  父さんは母さんに先ほどまで読み聞かせていた本を見せる。

  母さんが英語を読めないことをいいことにした賢い作戦である。


  「あぶ、あべ……なんて書いてあるの?」


  母さんは父さんに本の表紙を見ながら尋ねる。


  「あぁ、これか……」


  父さんも表紙を眺めて読み出す。


  「これはタイトルだな。日本語訳にすると、『愚かな男の人生』かな? それでこっちが作者の名前かな。《アベル=ローレン》っていう名前だね——」




 ◇◇◇




  突然、身体中が震えた感覚に襲われた。

  腕には鳥肌がびっしり立っている。


  どうやらおれは眠っていたようで、突然目が覚めたらしい。

  ここはどこだ?


  辺りを見回す。

  これまでの人生で見たことのないような綺麗な装飾品にお洒落なインテリア、おれがいるベッドはふかるかで窓からは広い庭が見える。


  そうか、おれはアベル=ローレン。

  地球からの転生者だ。


  そして、現在はこの世界での父さんや母さんと再会して一緒に暮らすことになったのだ。


  それで父さんたちの家——といっても10年前までおれ自身も暮らしていた家に帰ってきたのだった。


  それにしても懐かしい思い出だな。

  さっき見ていた夢はおれの前世の記憶の一部だ。


  大好きだった父さんと母さん……。

  おれがまだ前世に絶望していなかったときの記憶だ。


  でも、あれからすぐに二人は亡くなってしまったんだよな。

  そしておれは感情を心の奥に仕舞い込んだ。


  それからは友人関係も作れなかったし、おれを引き取ってくれた親戚のおじさんたちとも上手くやっていくことができなかった。


  おれは前世を思い出して振り返る。


  だけど、今は違うんだ。

  あのとき大好きだった父さんも母さんもいない。


  それでも、幸せになれることを知った。

  新しい家族でも、他人としてはではなく、本当の家族のようになれることを知った。

  それはこの異世界に来て知った大切なことだろう。


  おれがこの世界で学校に通うのは、それがサラの願いだからだ。

  前世で学校になんて良いイメージが何一つないおれは、できれば学校になんか行きたくない。


  だけど、それも昔のおれだったらということなのかもしれない。

  前世のように、大切な家族がいなくなっても殻に閉じこもることもなかった。


  自分をさらけ出せる友人ができたりと、本当は学校というのは素晴らしいものなのかもしれない。

  おれ自身が変わったのだから、学校も楽しいものになっているのかもしれない。


  さぁ、今日は高等魔術学校の試験日だ!

  さっきの夢は、昨日まで憂鬱ゆううつだったおれの背中を押してくれるものなのかもしれない。


  よし!

  試験に合格して学校に通うぞ!!


  こうしておれはまた一歩、大きな前進をするのであった。

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