79話 10年の空白

  「それでどうだろう。また、わしと母さんと暮らさないか? もちろん、セアラも一緒にだ」


  父さんは突然おれたちに一緒に暮らさないかと提案してきた。


  おれは予想外の展開に驚いてしまっている。

  今日初めて父さんが生きていたことを知った。

  そして、母さんも無事に生きているらしい。


  まだ赤んぼうだった頃に二人に愛されて育った記憶はしっかりとある。

  家族として、10年間の空白はあるかもしれないが再び一緒に暮らしたいとおれも思う。


  だけど……。


  「サラはどう思ってるんだ?」


  おれとしてはサラと一緒に暮らしたいという願いが一番強い。

  今まで2年間も離ればなれで過ごしてきて、ようやく一緒に暮らせる目処めどが立ったんだ。


  もちろん、おれは父さんや母さんと暮らしたい気持ちはあるが、サラにエウレス共和国から引っ越して一緒に暮らそうなんて言えない。

  おれはサラの気持ちが一番大切だと思う。


  サラは現在エウレス共和国に暮らしていおり、そこでカレンさんやバルバドさんたちの近くで楽しく生活しているらしい。


  おれはサラの返事を待っていた。


  「わたしは、またアベルと一緒に暮らしたい! それに、アベルはおじ様たちと一緒にいるべきよ。だから、おじ様の意見に賛成よ」


  サラは特に悩んだ様子もなく、父さんたちと暮らすことを決断する。


  「みんなと別れるのは寂しくないのか?」


  おれはサラに無理じいさせてしまっているのではないかと不安になる。


  おれはサラに幸せになって欲しくてこれまで頑張ってきたのだ。

  もしも、本当はエウレス共和国で暮らしたいのならおれもエウレス共和国に行こう。


  「確かに寂しい気持ちは強いけれど、リノに頼んでたまに顔を見せに行くから平気よ」


  サラは笑ってそう話す。


  なるほど。

  確かにリノの転移魔法を使えば一瞬でカルア王国とエウレス共和国を行き来できるもんな。


  って!

  いやいやいや!


  高位の精霊であるリノをタクシーみたいな交通手段に使おうと考えているなんてヤバすぎるだろ。

 

  おれは自分の中でツッコミを入れる。


  まぁ、でも確かに転移魔法があるのならば別に問題ないか。


  「学校はどうするんだ?」


  おれはサラに尋ねる。


  気持ちの問題はいいとしてサラは中等魔術学校に通っている。

  学校は辞めてしまうのだろうか?


  「わたしは今三年生で今年卒業よ。来年からカルア王国の高等魔術学校に通えばいいわ!」


  なんと、そこまで考えていたのですか。

  お姉さまが立派に育ってくれておれは嬉しいですよ。


  「そういえばセアラから聞いたのだが、アベルはセアラと二人で学校に通うために世界中を駆け回って資金を集めていたそうじゃないか」


  父さんはサラから色々と聞いているようだ。


  世界中を駆け回ったのかはわからないけれど、まあ大陸は越えたしな。


  「うん、そうだよ」


  おれは父さんに答える。


  そうだ、それでやっと二人で学校に通えるだけのお金を手に入れたんだ。

  これでサラの夢を一つ叶えてあげることができる。


  「それならばカルアの魔術学校に通うといい! この国の魔術学校は世界最高峰だからね。もちろん、資金面はわしが全てめんどうをみよう」


  そういえば、冒険者ギルドに行ったときに冒険者たちがこの国の魔術学校はレベルが高いみたいなこと言ってたな。


  いや、それより父さんが学費なんかを全部出してくれるのか?

  だとしたら、おれの2年間の資金調達活動はいったい何だったんだろうか……。


  おれはありがたいとは思いながらも、使いどころの見えない大金を抱えていることに戸惑っている。


  「それじゃ、これでやっとアベルも学校に通えるわね!!」


  サラが嬉しそうにおれに笑顔を見せる。

  まぁ、サラが喜んでいるのだからそれで良しとするか。


  こうしておれとサラはカルア王国でおれの家族と暮らすことになった。


  これから、おれの異世界学園生活が始めるわけか。


  おれの心はかなりの不安と多少のワクワクで埋め尽くされていた。




 ◇◇◇




  時はさかのぼり、これはカインズから皆を救うために、アベルがカシアスを人間界に召喚した後の話——。

  場所は魔界にある魔王ヴェルデバランが治める国家。

  そしてこれは、魔王が住む城である魔王城での出来事である。



  そこは薄暗く静寂に包まれた空間、とある一室に二人の男がいた。


  一人は部屋の窓から曇った魔界の空を見つめていた。


  人間界の青空とは異なり、この日の魔界の空は一面が暗雲で覆い尽くされており、昼間だというのに辺りは闇に包まれて薄暗かった。

  そして、雷が落ちる度に二人の男がいる部屋の一室の中を一瞬だけ鮮明に照らす。


  空を見つめる男はただ黙って静かにたたずんでいた。


  そして、もう一人の男は部屋に置かれている大きな円卓えんたくの席に座り、貧乏ゆすりをしている。


  彼は非常にイラついていた。

  そして、円卓に手を乗せて指でトントンと机を叩き出す。


  部屋の中にトントントン、トントントンと一定のリズムが刻まれる。

  そして、一人の男は我慢の限界に達する。


  ドンッ!!


  男は円卓に思いっきり右手を叩きつける。


  「あいつはいつになったら戻ってくるんだ!? 何が、『すみませんが少し席を外します。すぐに戻りますのでお待ち下さい』だ!!」


  「いなくなったきり全く戻ってくる気配がないじゃねぇか! しかも、念話も通じない。ふざけるなよ!!」


  円卓に座っている男——金髪のヴァンパイアは怒りをあらわにする。


  そして、ひたすらに空を見つめる男——銀髪の竜人はそれに対して答える。


  「カシアスに協調性を求めること自体が間違っているのだ。あいつの性格を考えればこうなることもいたかたない」


  竜人の男はヴァンパイアの男を諭すように言う。

  だが、ヴァンパイアの男の怒りは収まりはしない。


  「クソがっ!!」


  ヴァンパイアの男は席を立つと、部屋から出ていこうとドアの方へと向かって歩いていく。


  「おい、レオンハルト! お前までどこへ行くつもりだ?」


  その様子を察した竜人の男は窓から離れ、レオンハルトと呼んだ男の方を向く。


  それに対して、ヴァンパイア——レオンハルトは答える。


  「リノ様は任務で不在……。カシアスはサボって蒸発して連絡もつかない。こんな状況で四皇よんこう会議なんて呼べるか? おれはヴェルデバラン様のところへ行く!」


  レオンハルトはそう告げると、部屋を出て行ってしまった。

  そして、部屋には竜人の男だけが残された。


  「はぁ……」


  竜人の男のため息が、悲しく部屋に浸透するのであった。




  ◇◇◇




  レオンハルトは会議室を出た後、魔王城の地下へと向かっていく。

  魔王ヴェルデバランがいる魔王城の地下深くへと……。


  幾つもの階段を下り、遂に最深部へとたどり着く。

  ここは魔王ヴェルデバランの配下の中でも、選りすぐりの配下である『四皇よんこう』と呼ばれる者たちしか立ち入ることを許されていない場所だ。


  四皇とは、三人の魔王と一人の次期精霊王候補から構成される魔王ヴェルデバランの有能な配下たちのことだ。

  そして、ヴァンパイアの魔王であるレオンハルトは四皇の一人だった。


  もちろん、そのような神聖な場所に見張りの配下などいない。

  立ち入ろうと思えば誰でも来ることはできるが、そんなことをする不届き者は魔王ヴェルデバランの配下には存在しない。


  レオンハルトは最後の階段を下り、最深部の広い空間にたどり着くと、目の前にある大きな大きな扉の前にやって来た。


  すると、扉の奥から声が聞こえてくる。


  『どうかしたのかレオンハルトよ』


  この声は魔王ヴェルデバランの声だ。


  彼の強い魔力とともに、その声が聞こえてきた。


  「はい、ヴェルデバラン様。カシアスに関してのことなのですが、カシアスは最近リノ様に任せていた仕事にも取り組み始め、まじめに働き出した様子だったのですが、また突然蒸発しました。やはり、カシアスに一国いっこくを任せるのはマズいと思うのです」


  レオンハルトは扉の前にひざまずきそう語る。


  『レオンハルト……。前にも話したが、俺はカシアスに魔王としての仕事以外にも任せている重要な任務があるのだ。だから、少しばかり大目に見てくれないか?』


  レオンハルトの進言に対して、扉の向こうから声が聞こえてくる。

  だが、レオンハルトも引かない。


  「では、私にその任務を任せてください! いや、せめてどんな任務をあいつに任せているのか教えていただけませんか!!」


  レオンハルトは魔王ヴェルデバランに頼み込む。

  しかし——。


  『すまないレオンハルト。お前には任せられないのだ。そして、お前たちに話すこともできないことを許してくれ』


  「承知しました……」

 

  レオンハルトは納得できなかったが、それでも魔王ヴェルデバランに逆らうようなことはしなかった。


  すると、背後の階段から足音がする。



  カンッカンッカンッカンッ


  カンッカンッカンッ



  レオンハルトが後ろを振り向くと、そこには漆黒の姿をしたカシアスがいた。


  「カシアス……お前というやつは……」


  レオンハルトがカシアスをにらみつける。


  しかし、カシアスはそんなレオンハルトをよそ目にレオンハルトの横に来ると、扉の前に跪く。


  「ヴェルデバラン様、わたくしカシアスただいま戻りました」


  カシアスは先程のレオンハルト同様に跪き、扉に向かって声をかける。


  『ご苦労だったなカシアス。悪いのだがレオンハルト、一度席を外してくれないだろうか』


  レオンハルトは魔王ヴェルデバランの声を聞き、渋々この場を後にする。

  立ち去る寸前まで、レオンハルトはカシアスを睨んでいたが、カシアスは普段通りに振る舞っていた。

  そして、レオンハルトはこの空間から立ち去っていったのだ。


  『もうこの場には私たち二人しかいない。それで、何があったのだ?』


  扉の奥からヴェルデバランの声が響いてくる。


  「はい。欠格の魔王カインズがアベル様が滞在していた付近の森林を襲撃。アベル様はご無事でしたが、アイシスとハリス様が負傷しました」


  『そうか……カインズがそんなことを……』


  悲しそうな魔王ヴェルデバランの声が聞こえてくる。


  「そしてやつは、私がアイシスをあの悪魔のしがらみから解き放ったことを精霊体から聞いたそうです」


  『つまり、カインズは捨て駒として操られていただけ。そして、この襲撃の裏にいる可能性があるのは……』


  「はい。あの事実を知っている精霊体、もしくはその仲間。魔王序列第1位、天雷てんらいの悪魔ユリウスが関わってくるでしょう」


  『やっかいなことになっているな……』


  辿り着いた真相に二人は黙り込んでしまう。


  『そういえば、あの少年——アベルの方はどうなっているんだ?』


  沈黙を破り、再び魔王ヴェルデバランの声が響いてくる。


  「アイシスが順調に鍛えてくれています。いずれ、貴方様が望む人材へと成長してくれることでしょう」


  『そうか……。お前たちは本当によく働いてくれている。感謝するぞ』


  「いえいえ、滅相めっそうもないです。私はヴェルデバラン様ためならば、どんなことでも致しますゆえ」


  その後もカシアスは扉の前で跪きながら、扉の向こうから聞こえてくる魔王ヴェルデバランの声との会話を続けるのであった……。

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