78話 戦いの果てに
カシアスは戦いの果てに、戦意を失ったカインズを連れて魔界へと戻っていった。
カインズはもう抵抗はせず、全てを諦めた様子だった。
おれは彼らにかける言葉が思いつかなかった。
彼らの問題におれが足を踏み込むべきではないと思ったのだ。
今回おれは、きっとトラブルに巻き込まれてしまったのだろう。
魔王ヴェルデバランとカインズの二人に関する何か因縁めいたものに……。
ただ、カシアスには感謝の気持ちをしっかりと伝えなくてはならない。
今度直接会えるのはいつになるのかわからないからリノやアイシス経由で伝えてもらうようにしよう。
そして、傷ついたアイシスとハリスさんに関してだが、カシアスがリノを呼んでくれたようだ。
リノはアイシス同様に回復魔法が使えるらしい。
カシアスたちが魔界に帰ってからしばらくして、リノとサラが転移してきた。
◇◇◇
「アベル様、ご無事のようで何よりです」
リノは転移魔法で到着して、おれを見つけるなり頭を下げて挨拶してくる。
どうもリノとはまだ距離があるせいか慣れない面もある。
カシアスやアイシスとは何か雰囲気がまた違うのだ。
「うん、おれは平気だからアイシスと精霊のハリスさんを助けて欲しい」
おれはリノに二人の治癒を頼む。
おれに関しては身体中が痛むが止血はしているし、死にはしないだろう。
この異世界で致死率の高い感染症なんかがあるのならば警戒しないとだが、今までそんなことは一度も聞いたことがない。
それに、回復魔法は万能ではない。
回復魔法は傷やケガなどに対して、時間を巻き戻して修復しているわけではない。
逆に身体の組織を魔力によって無理やり働かせ、傷が修復する時間を縮めているのだ。
だから傷やケガの程度によるが回復魔法は基本的に痛みを伴う。
そして、それは身体のSOSサインでもあり、短期間の間に回復魔法を連発すれば身体が壊れて逆に死に至る。
つまり、ゲームの世界のように魔力がある限り何度も何度も回復魔法が使えるというわけではないのだ。
使える回数はある程度決まってくるし、残りの魔力量とも相談しないといけない。
また、おれは現在自分の身の丈に合わないほどの魔力の使い過ぎて身体がボロボロである。
それもあって回復魔法を使うのをためらっている。
傷を修復する際に魔力が使用されるため、これ以上身体に魔力が流れるのは避けたいからだ。
「アベル、本当によかった……」
サラがリノの側で胸をなで下ろし安心する。
カシアスはリノを呼んだようだが、サラも付いてきた。
まぁ、リノはサラの護衛なんだし、護衛がいなくなるのはマズいもんな。
「リノにアベルたちのいる所に魔族がやって来たって聞いて心配してたのよ」
サラは涙目になりながらそう話す。
そうか、サラにも心配かけちゃったのか。
サラにとって家族はもうおれしかいないのだ。
逆の立場で考えればサラの気持ちは痛いほどわかる。
「大丈夫だよ。おれはサラを残して死んだりはしないから」
おれは笑いながらサラにそう告げる。
これは本心だが嘘でもある。
おれはサラを残して死にたくはないが、サラのためならば死ぬのをためらわないだろう。
それは2年前から何も変わらない。
「今の言葉忘れないでよね! わたしとの約束なんだからね」
サラは瞳をうるわせながらおれに向かって強く言いつける。
「うん……」
おれは少しだけ目をそらして頷いた。
おれが危惧していることが何も起きなければ良いのだが……。
「それにしても酷いありさまね……」
サラは周囲を見渡してそう言った。
確かに、数時間前までここに大森林があったとは思えないほどに荒れている。
カインズの魔法で木々を切り裂かれ、おれの魔法で大地が焼かれ、カインズの魔法で
そして、カインズとカシアスの魔法が衝突して大地は砕け、所々に荒々しい岩肌が見えている。
舞い散る粉雪がそれらを少しずつ白く染めてゆく。
見渡す限りでは緑色はなく、土色のそれらが見えている。
昨日ここにやってきたときに大森林がとても広いことは知っている。
おそらく、森が広大なだけに無事だった部分も残ってはいるのかもしれないが、今現在で目視できる部分はとても森があったとは思えないありさまだった。
っていうかこれってカルア王国で大問題になるよな!?
あれだけ壮大に魔法をぶっ放し合ったんだ。
おそらく、その影響は街の方へも知れ渡っているだろう。
「そうだ! 父さんは!?」
おれは父さんのことを心配する。
確か、おれがハリスさんと
「とうさん……?」
サラはおれの発言に混乱しているのかもしれない。
サラの前でおれが父さんと呼ぶのはカイル父さんのことだけだったからな。
「それが——」
おれがサラに説明をしようとしたときだった。
「アベル! 本当にアベルなのか!?」
後ろからおれを呼ぶ声がして振り向く。
そこには精霊たちに囲まれている父さんがいた。
「もしかして……」
サラも何か気づいたようだ。
こういうときはどうすれば良いのだろうか。
もうこの世にはいないとずっと思っていた父さんが生きていたのだ。
おれが悪魔を召喚したことにより殺してしまったと思っていた父さんが生きていたのだ。
「そうだよ父さん。その……ただいま」
おれは
本当はもっと言いたいことがある。
伝えたいことだってある。
だけど、今はこれだけしか出てこなかった。
「生きていて……よかった……」
そう言って涙ぐむ父さんはおれのもとへと駆けつけ、おれを抱きしめる。
父さんが生きている。
こうしておれと触れ合っている。
父さんに抱きしめてもらうなんて10年ぶりくらいだろうか。
だけど父さん……今はちょっと……。
父さんの激しい
身体中に激痛が走って……。
おれは意識が遠くなっていった……。
「アベル? アベル!?」
「アベルどうしたの!?」
おれの名前を叫ぶ父さんとサラの声が聞こえる。
そして、おれの意識は完全になくなったのである——。
◇◇◇
冷たい何かがおれの顔に触れる。
質量は全く感じないそれは優しくおれの顔へと広がっていくようだった。
「雪……?」
ふと、目が覚めるとおれは仰向けで寝転がっていた。
おれの右にはアイシス、左にはハリスさんがおれ同様に寝転がっており、おれの側には座っておれに魔法をかけているリノがいた。
「お目覚めになりましたかアベル様。マルクスがすみませんでした。ですが、彼を許してもらえないでしょうか。貴方様に再会できたことが本当に嬉しかったのでしょう」
ハリスさんがおれの方を向いてそう告げる。
マルクスというのはおそらく父さんの名前だろう。
そうか、おれは父さんに抱擁されて意識を失っていたのか。
そして、ここでリノに治療されていると……。
いや、ちょっと待った!?
「リノ、おれの身体に魔力を流すと大変なことにならないか??」
おれの身体を魔力が流れている感覚がある。
やはり回復魔法を使っているのだろう。
そんな心配をしているおれにアイシスが説明してくれる。
「安心してくださいアベル様。リノ様は私以上に回復魔法に関しても優れています。いつも使っている魔法とは違うのでアベル様のお身体に危険はありません」
アイシスが言うにはどうやら問題はないらしい。
確かに回復魔法なのにおれは全く痛みを感じないな。
「これは回復量は少ないですが、身体へのリスクはほとんどない魔法です。これでアイシスとハリスも治癒しました。戦闘ではアイシスには敵いませんがそれ以外は私に任せてください」
そうか、そんな便利な魔法も存在するのか。
きっと、魔界にはおれがまだまだ知らない魔法が数多く存在するんだろうな。
それにしてもリノはアイシスに比べて戦闘には向いていないのか。
確かに、思い出してみればリノは人間界の情報をたくさん集めてもらったり、戦闘以外の面で相当お世話になっているな。
「それにしても貴女方は何者なのですか? きっと、魔界からやってきた精霊体たちなのですよね? あのカインズという魔族は私のことを知っているようでした。前世での私は魔界にいたのですか?」
ハリスさんが二人に尋ねる。
そういえば昔アイシスに聞いたな。
精霊体は死んでも長い月日を経て再び
ただし、記憶を全て失っており覚えていることは自分の名前と自分が精霊体であるということだけだと……。
「そうね、私たちは魔界に住む精霊と悪魔よ。そして、ハリスかつての貴女もね。以前の貴女は私にとってかけがえのない友だった……それにティルもね」
リノは少しだけ寂しそうにハリスにそう語る。
きっと、かつての友が自分のことを全く覚えていないというのは悲しいものなのだろう。
「そうだったのですね。それに……やはりティルは前世でも私の友達だったのですね」
それに対してハリスはどうやら少しだけ嬉しそうだった。
おれは精霊体たちの意外な関係に驚いていた。
ハリスさんだけでなく、ティルもリノの知り合いだったのか。
「アベル、さっきはすまなかった」
おれたちが話をしていると後ろから父さんとサラがやってきた。
父さんは申し訳なさそうな表情だ。
おそらく先程ケガをしているおれを抱きしめてしまったことに対してだろう。
「大丈夫だよ、父さん。それにおれだって嬉しかったんだ」
おれは父さんに再会の喜びを伝える。
ようやくゆっくり父さんと話せるな。
「さっき、セアラからカイルとハンナのことは聞いた……。どうして彼らが……」
どうやらおれが意識を失っている間にサラが父さんに話したようだ。
そうだよな……。
カイル父さんもハンナ母さんも、父さんにとっては大切な人だったんだ。
二人の死は父さんにとてもつらい事実だろう。
「それに、お前たちはたくさんの苦難を乗り越えてきたんだね……」
確かにおれたち子ども二人だけでは大変なことがたくさんあったな。
多くの人の助けがあってここまでやってこられた。
「それでどうだろう。また、わしと母さんと暮らさないか? もちろん、セアラも一緒にだ」
そして父さんはおれたちに一緒に暮らさないかと提案してきたのだった。
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