64話 グランドマスター (3)
「魔族が《神》だったんだ……」
おれの中で一つの答えが出る。
七英雄たちが知ってしまった《神》という存在の真理……それは魔族が人間界に文明を授けた《神》と呼ばれる存在だったということ。
「アベルくん! それはいったいどういうことなんだい!?」
ヴァルターさんはおれに鬼気迫る様子で尋ねる。
これは人間界で使われている言葉が魔界で使われている言語だということを知らなければわからないだろう。
「アイシス……」
おれは隣にいるアイシスを見る。
アイシスはいつも通りのすました表情を浮かべていた。
「私も以前そう考えたことがあります。確かに可能性としてはあるでしょう」
アイシスはそう語った。
すると、今まで黙っていた精霊のレーナがアイシスに問い詰める。
「だからどうしてそういう話になるのか説明しなさいよ! 冗談みたいなこと言わないでよね!!」
これは話してもいいことなのだろうか?
おれには判断しかねる問題だった。
すると、アイシスが話し出した。
「人間界で使われている言葉は魔界で使われている言語そのものなのです。つまり、かつて魔界から何者かが人間界にやってきて、人族全てに言葉を授けたと考えることができるのです」
アイシスの言葉を聞いてヴァルターさんは震えだす。
「そんな……じゃあ《神》は魔族だったのか……。だから七英雄様たちは子孫である我々にその事実を伝えたというのか……」
どうして魔族たちが人間界の人族に言葉や文化を授けたのかはわからない。
もしかしたら、そこに意味はないのかもしれない。
ただの興味本位で与えてみただけかもしれない。
そして、七英雄たちが人間界全体ではなく自らの一部の子孫たちだけに事実を伝えた意味もわからない。
だが、少なくとも人間界で語られている《神》と呼ばれる存在が偽りだというのは本当だろう。
しばらくしてから、ヴァルターさんは落ち着きを取り戻しおれと話す。
「ありがとうアベルくん……。自分の中でまだ整理ができていない部分もあるが、世界の歴史の裏がわかった気がするよ」
「いえいえ、こちらこそ貴重な情報を教えていただきありがとうございます。そういえば、他にも言伝えられていることはあるんですか?」
ヴァルターさんは先程「一つは……」と言っていた。
もしかしたら、先祖代々言伝えられていることが他にもあるのかもしれない。
「そうだった。僕の中で自己完結してしまっていたよ。他には、『人間界において天使と悪魔の召喚は禁ずる』というのと、『補助スキルは広めてはいけない』という二つがあるんだよ。これについても何かわかったりするかい?」
天使と悪魔の召喚は禁ずる?
これに関してはやっぱり危険だからなのかな。
天使は知らないけれど、悪魔は利用されるのが嫌いな種族だからな。
七英雄たちが何を知って、どんなことを意図して伝承を
それに、補助スキルのことを知っているということは七英雄たちも補助スキルを獲得していたのだろう。
補助スキルを持っていない状態で補助スキル持ちの魔族と戦うことなんて不可能だ。
それは、かつて魔族であるライカンのエルダルフと戦ったおれが一番わかっている。
「悪魔に関しては、彼らが利用されるのを嫌っているから召喚すれば殺されてしまうということですかね。補助スキルについては……何もわかりませんね」
補助スキルについてヴァルターさんは何も知らないようだ。
アイシスが話していない以上おれも話す必要はないのだろう。
「そうか……。でも、アベルくんたちのおかげで得られるものはあったんだ。ありがとう」
ヴァルターさんは補助スキルのことでおれに追求してくることはなかった。
そして、ヴァルターさんはおれとアイシスに感謝する。
悪魔であるアイシスに対してもこの姿勢とは、本当に先祖の言伝え以上におれたちのことを信じてくれているってことでいいのかな?
おれが言うのもなんだが他人を信じ過ぎじゃないのか?
少しだけおれは心配になる。
「そういえばアベルくんは冒険者ギルドのグランドマスターという存在が何なのかは知っているのかい?」
ヴァルターさんがおれに問いかける。
そういえばそのことに関しては流していたけど、よくわからないな。
セルフィーはローナ地方本部の副ギルドマスターとか言っていたし、グランドマスターというのはゼノシア大陸全体のギルドのトップのようなものなのだろうか。
「ゼノシア大陸の冒険者ギルドで一番偉い人ですか?」
おれはヴァルターさんに考えた結果を伝える。
「偉い人かぁ……はっはっはっ。偉いかはわからないけれど権限は持っているよ。あと、冒険者ギルドのグランドマスターというのは三つの大陸にある冒険者ギルド全てのトップということだよ」
おれは一瞬理解が追いついていなかった。
「つまり……人間界で一番偉い人なんですか?」
おれはヴァルターさんの目を見つめる。
「まぁ、冒険者ギルドという組織においてはね」
えぇぇぇぇっっっっーーーー!!!!
ヴァルターさんってこんな怪しそうな風貌の人なのに本当はそんなにすごい人だったの!?
結構失礼そうな発言をしちゃっていたなぁ。
「もともと僕はアルガキア大陸の者なんだけどね、今回は視察ということでゼノシア大陸を訪れたんだ」
どうやらヴァルターさんは今回アルガキア大陸からやってきた冒険者ギルドのお偉いさんのようだ。
おれが知っているアルガキア大陸の情報は……三大陸のうちで一番面積が小さいということくらいだな。
うん、勉強不足だ。
「ゼノシア大陸は元々はエルフたちの大陸ということもあり、冒険者ギルドという組織の名前を貸している部分もあって、他の二大陸とは違って独自の制度を作るのも許していたんだよね」
どうやら同じ冒険者ギルドと言ってもゼノシア大陸のは例外的な部分もあるらしい。
そういえばリノも以前、ゼノシア大陸の冒険者ギルドは好き勝手やっていて問題が多く、孤立しているって言ってたな。
「だけど、ここ100年ほどは特にひどくてね……それに重役たちの謎の失踪。僕も確認してみるけど、これはアベルくんの話から何やら奴隷商や悪魔と関わっていた可能性があることがわかった。本当に何をやっているんだか……」
もしかして、2年前にあったゼノシア大陸の冒険者ギルドの上層部がこぞっていなくなった件でやってきたのかな?
ヴァルターさんはあきれているようだ。
「これからは冒険者ギルドとしての名前を使えなくさせるか、他の二大陸と制度を統一させるかのどちらかになるだろう。そして、アベルくんや君の話していた冒険者、大切な人たちの指名手配も解除されるはずだ」
マジで?
ヴァルターさん有能過ぎないか。
「本当ですか? これでおれたちゼノシア大陸を自由に歩けるってことですか!?」
「うん。ゼノシア大陸の各地方の法律では、七英雄ロベルト様が創設した冒険者ギルドについてあらゆることを定めている。つまり、冒険者ギルドとして名乗れなくなれば今までの権限も使えないし、地方からの税収も無くなる」
今まで冒険者ギルドはその権限で好き放題しており、地方からの税収で活動できていたらしい。
税収に関しては、その地方の市民や村民から一定の税を取り、税を納めている地区の依頼を冒険者ギルドは冒険者たちに委任していたようだ。
しかし、それも法律で定められてる冒険者ギルドという組織であるがゆえにできたことだ。
「それで法律の方を変えようとするのならば、他の大陸から貿易などのあらゆる面で孤立することになるだろう。七英雄ロベルト様に対する冒涜を人間たちは許さないからね」
確かにこの世界の人間たちは七英雄たちを本当に崇めている。
ゼノシア大陸は冒険者ギルド間では孤立しているが、経済や外交面ではそれほど孤立していないのだろう。
しかし、法律で冒険者ギルドの定義を変えたり、冒険者ギルドに頼らずに新しい組織で平和を維持するなんてことを定めようものなら、人間たちが多く暮らす他の二つの大陸からバッシングを受ける。
それは冒険者ギルド創設者である七英雄ハロルド様へと冒涜なのではないかと——。
「つまり、他の大陸と制度を統一するということになるだろう。すると、我々アルガキア大陸から有能な者たちを派遣して、失踪したゼノシア支部の上層部を我々の息のかかった者で占めていくことになる」
確かにこのままだとヴァルターさんの言う通りに進みそうだな。
「そして、これまで隠されてきた闇を暴くことになるだろう。だから、アベルくんたちの冤罪も証拠不十分ですぐに指名手配解除となるはずさ」
おぉーー!!
ヴァルターさん、ありがとう!!!!
もしかしたらバルバドさんやカレンさんもゼノシア大陸で暮らしたいのかもしれない。
特にバルバドさんなんて、ゼノシア大陸に奥さんとの思い出がたくさん詰まってそうだしな。
「今まで迷惑をかけてすまなかった。冒険者ギルドの最高責任者として謝らせて欲しい。そして、これからのことは僕に任せてくれないか。これは冒険者ギルドの問題なんだ」
ヴァルターさんは真剣な顔つきでおれを見る。
つまり、もうおれたちは冒険者ギルドと戦わなくていいってことなのか?
「よかったですねアベル様。これで私たちもフォルステリア大陸でセアラ様たちと暮らすことができます」
アイシスがおれにそう言う。
確かにそれは嬉しいんだけど……。
「アベルくんの言いたいことはわかる。僕や僕の仲間たちでは決して悪魔には勝てないだろう。それに君も、君の仲間も悪魔に散々
ヴァルターさんはおれたちのことまでしっかりと考えてくれていた。
そうだよな、これはおれたちの問題でもあるんだ。
自分たちの手で何とかしないといけないんだ。
「はい! よろしくお願いします」
おれとヴァルターさんは固い握手を交わした。
こうして、一時的にではあるがおれたちと冒険者ギルドとの争いは落ち着いた。
これからはヴァルターさんが内部から冒険者ギルドを変えていきながら真相に迫っていくだろう。
そして、おれとアイシスはフォルステリア大陸へと戻っていくのであった。
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