21話 夢ならば
おれはサラの背中を抱きしめ、馬に乗っていた。
サラはいつのまに乗馬を覚えたのだろうか。
もしかしたらハンナ母さんに教えてもらっていたのかもしれない。
燃えさかる草原、馬は炎に
彼女は初心者とは思えない自然な手つきで馬を扱っていた。
先程までおれとサラはこの草原にいた大狼の大群と戦っていた。
きっと、カイル父さんとハンナ母さんは大狼の大群を見て、馬は使わずに森を迂回するルートで村の中心部へと向かったはずだ。
おれたちは馬に乗って草原を突っ切って村の中心部へと向かう。
大丈夫だ。
十分間に合うはずだ。
サラの走らせる馬が軽快なステップで草原を駆け抜ける。
しばらくすると辺りに草原はなくなって畑や民家が見えてくる。
そこで、おれたちは本当の地獄を目にした。
村人たちが……殺されている。
目に入ったのは先程も見た大狼の大群とそして、血だらけで横たわる村人たち。
中には
サラはおれの前で手綱を握っているのだ。
もちろん、見えたのだろう。
「いやよ……」
そんな言葉がサラの口からこぼれる。
今朝まで元気だった村のみんな。
挨拶回りでサラは村のみんなに応援され見送ってもらっていた。
それが今……。
1匹の大狼がおれたちに気づき吠えた。
アォォーーン!
ひと吠えを皮きりに、辺りにいる大狼たちが一斉にこちらに向かってくる。
おれたちの乗っている馬は大狼たちに圧倒され暴れ出した。
おれとサラは馬から降りて戦闘態勢に入る。
そのときだった。
ドッバァァーーン!!!
ドッーーン!
ドッーーン!
爆音が数回鳴り響き、地面が揺れる。
ここから近い!
この村の中心部に面している森の方からだ!
この爆音に大狼たちは気を取られおれたちから視線を外している。
今がチャンスだ!
「
おれは大狼たちが気を取られている隙に闇属性の攻撃魔法を発動する。
おれの放った無数の闇の弾丸が大狼たちを撃ち抜く。
大狼たちへのおれの不意打ちにサラも気づき加勢する。
「
「
おれのサラの遠距離からの魔法攻撃に大狼たちは
やつらの
物理戦に持ち込まれなければ大狼相手におれもサラも優位に戦える。
普通の魔法使いなら魔力切れになるだろうが、おれもサラもこの世界では高い魔力量を持ち、自分の適性のある魔法を使えることができるため大狼の大群相手に戦えるのだ。
逆に言えば並みの人間にはここまでできない。
それが今のこの村の現状を表しているのだが……。
「やったか……」
おれは視界に入る全ての大狼が横たわるのを確認して言う。
「そうみたいね。けど……」
「ああ……。とりあえず無事な人を探そう!」
おれはおそらくもう息のない村人たちを目にして、それでも無事な人がいるのではないかという希望を抱き探すことを伝える。
「いいえ、それより先にあっちよ! 森への入り口。パパとママがいるかもしれない!!」
サラが指差す森への入り口の方は火柱がいくつか上がっていた。
危険な予感がする……。
100匹近くの大狼たちと戦ってわかったことがある。
あそこにはきっともっと強い魔物がいるはずだ。
だが、あこそにはカイル父さんとハンナ母さんがいるかもしれない。
迷っている暇はない。
「あぁ。行こう!」
おれたちがここまで乗ってきた馬は完全に脅えてしまって使いものにならない。
あそこまでは走っていくしかない。
剣を持って走るのは効率が悪い。
カイル父さんには悪いが後で取りにこよう。
おれは剣を馬の側に置いてサラと走り出す。
今のおれはどうかなってしまいそうだ。
目をそらしたくなる光景が広がっているのだ。
噛み殺されている者。
丸焦げにされている者。
バラバラにされている者。
残虐な殺され方をした知り合いたちの横をおれたちは今走っているのだ。
血なまぐさいにおい、肉が焼けたにおいが
腕に力が入らない。
足に力が入らない。
身体の震えが止まらない。
見たくない。
怖い。
逃げ出したい。
助けて……。
前世で病院にいた頃は《死》は身近な存在だった。
病院内であう子ども、老人。
重い病や寿命で亡くなっていく人たちはおれの周りにいた。
そのときのおれは何も感じなかった。
だって重い病気だったんだろ。
だってもう寿命なんだろ。
仕方がないよ。
それが当たり前だよ。
別にたいして親しくないし。
すれ違ったらお互いの存在を確認するくらいの人間。
その人がどんな人生を送ってきて、どんな気持ちで死んでいくのなんか全く知らない。
他人になんて別に興味もないし。
おれは周りよりもつらい人生を送ってきたんだ。
そして、今は病で死を待っているんだ。
おれは苦しんでいるんだ。
周りよりも……。
そんなおれが今さらどうしたんだよ。
別にあのときから何も変わらないだろ。
おれはおれだろ。
じゃあ……なんで視界が曇っているんだよ。
なんで前が見えねえんだよ。
なんで……涙が出てくるんだよ。
おれが遊びに来ると頭を撫でて自分の子どものように優しくしてくれた衛兵さんも。
サラと二人でいると果物をくれたおばさんも。
カイル父さんの友だちだったおじさんも。
ハンナ母さんの同僚のお姉さんも。
弟のようにおれを可愛がってくれたジル兄ちゃんも。
小さい頃に絵本を読んでた村長さんも。
みんなみんな……。
おれたち家族に温かく接してくれた人たちが死んだ。
なんでこんなに心が痛むんだよ。
どうしてこんなにつらいんだよ。
「ゆめなら……さめてくれ!」
おれは悪夢のようなこの現状を打ち消すために叫んだ。
こんなことをしても何の意味もないことはわかっている。
しかし、叫ばずにはいられなかった。
「あべる! 泣くな、あなたはおとこのこでしょ」
サラも泣いていた。
サラもおれと同じくらい、いやそれ以上につらいはずだ。
彼女だって村のみんなに可愛がってもらって本当の家族みたいに接してきたのだ。
それにサラは言っていた。
高等魔術学校を卒業して立派な精霊術師になって村のみんなに報告するだって。
サラだって本当に苦しんでるはずなんた
それでもサラはこんなに……。
「いまはやることがあるでしょ。急ぐわよ」
「うん……」
おれとサラは駆け抜ける。
地獄のようなになってしまったこの場所を。
何よりも大切な家族がいるかもしれない場所を目指して。
おれたちは地獄の中を駆け抜けた。
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