19話 日常は終わりを告げる
明日の朝にはこの家を出る。
おれの姉であるサラが中等魔術学校へ入学するため領地の都へと引っ越すためだ。
おそらく、そんなことないとは思うがサラが入試に落ちたとしてもカイル父さんは教師として都で働くのだ。
引っ越すことに予定変更はない。
それに中等魔術学校を卒業しなくても、実力さえあれば3年後に高等魔術学校に入学することはできる。
サラは3年間、今以上に自分を鍛え上げてそれに臨むことするだろう。
つまり、いずれ都の学校に通うわけだしこの村にはしばらく戻る予定はないのだ。
荷造りも今日までに済ませたし、馬車も用意してある。
1週間弱の長旅になるようだが不安よりも期待の方が大きい。
そんなおれは、これからのことを考えており眠れぬ夜を過ごしていた。
「この部屋で寝るのも今日が最後なのか」
ふとそんなことをおれはつぶやく。
昔はカイル父さんとハンナ母さんとサラとみんなで並んで寝てたっけ。
おれも物心がつき、4歳になるのと同時にいつまでも親と一緒に寝るのは恥ずかしいから一人で自室で寝るようになったのだ。
それ以来、この部屋で魔力をいじって遊んでたんだっけ。
そんなことをしなければおれは闇属性魔法について悩むこともなかったのかな?
でも、そうしたらサラの魔法が暴走したときにおれは死んでたか……。
この家にもこの村にも何年もの思い出が詰まっている。
かつて、無気力にただ生かされていた病室での生活とは違うのだ。
そんな思い出に浸っているうちに、うとうとしてきた。
朝から荷造りをしたり、村の知り合いたちに挨拶まわりをしていたのだ。
流石におれも疲れている。
意識も
ドッーーーーン!
突然大きな地響きとともに爆破音が聞こえた。
なんだ、地震か!?
いや、だとしたらあの音はなんなのだ?
花火の打ち上げた音のようなものが聞こえたぞ。
おれは落ちかけていた意識が段々と戻ってきており脳が動き始める。
そのとき、再び——。
ドッバァァーーーーン!!!!
これは……さっきより近いぞ!
なんだ、何が起きているんだ!?
おれは布団から起き上がり窓の外を見る。
すると、信じられない光景が広がっていた。
真っ赤だ……。
なんと目の前の景色が真っ赤に染まっていた。
いつもサラたちと訓練している草原が燃えている。
そして、その奥にある村人たちが多く住む居住地には大きな
なんで?
どうして?
なんで……。
アォーーン!
これは……狼の遠吠えか?
そしてそれは段々と数を増し、共鳴して大きくなっていく。
アォォオオーーーン!
アォォォォオオーーーーーン!
おれは何が起きているのか理解できていなかった。
廊下の方から物音が聞こえてきた。
おれは慌てて廊下に出る。
そこにはカイル父さんとハンナ母さん、そしてサラがいた。
「アベル! 外が大変なことになっている。わたしとハンナで村へ向かう。アベルはセアラとここで待っていてくれ」
カイル父さんはいつになく慌てている様子だ。
その声からもこの状況を危険さが感じ取れる。
「父さん、おれも連れて行ってください!」
「ダメだ! ここにいなさい」
カイル父さんが珍しく怒鳴る。
「そうよ、アベル。あなたはセアラとここで待っていてね」
危険ならばおれも連れて行って欲しい。
今のおれはカイル父さんよりも強いんだ。
しかし、カイル父さんとハンナ母さんに止められてしまう。
「パパ、ママ、大丈夫なの?」
サラは心配そうにカイル父さんたちに尋ねる。
「もちろんだ。村のみんなが無事か確認してくる。平気だから心配しないで待っていてくれ」
カイル父さんはそうおれたちに伝える。
すると、ハンナ母さんがサラの耳元で囁いた。
「もしものときはわかっているわね。馬の乗り方は教えてきたとおりよ」
「えぇ……ママ」
外からは今も狼の遠吠えが聞こえてくる。
ハンナ母さんはサラに聞こえるように少し大きめの声で囁いたためおれにも二人の会話しっかりと聞き取れた。
「それじゃあ行ってくる。じゃあねセアラ、アベル……」
「じゃあ待っているのよ。セアラ、アベル。愛しているわ」
カイル父さんとハンナ母さんはそう言っておれたちを順番に抱きしめた。
ハンナ母さんがおれを抱きしめたとき、おれはハンナ母さんが泣いているのがわかった。
声こそあげなかったが小刻みに震える身体の振動がおれに伝わってくる。
カイル父さん……ハンナ母さん……。
無事に帰ってくるんだよね。
おれは二人の言葉と行動に矛盾を感じていた。
そして、二人はおれたちに背中を向け村の中心部へと向かって行った。
残されたおれとサラは二人でカイル父さんたちの寝室のベッドで震えていた。
まだベッドには二人の温もりが残っている。
外から聞こえる狼の遠吠え。
そして、赤く染まる窓。
間違いなく危険な状況だ。
おれは恐怖を感じながらも確認せずにはいられなかった。
カイル父さんとハンナ母さんは無事に村の中心部と行けたのかと。
外には大量の狼がいるのかもしれないのだ。
おれはベッドから降り窓から外を見る。
「うそ……だろ」
おれの口から思わずそう出ていた。
さっきおれが外を確認したとき、草原は燃えているだけだった。
しかし、今はうじゃうじゃと狼たちが歩いている。
ざっと草原に見えるだけで50匹はくだらないだろう。
カイル父さんたちは村の中心部へ行けたのか?
もしかしたら草原を通って行かずに遠回りしたのかもしれない。
しかし、中心部にもこの狼たちはいるはずだ。
カイル父さんたちの危険には変わりない。
すると、目の前で信じられない光景が起きた。
なんと、狼が炎のブレスを吐いたのだ。
あれはただの狼なんじゃない……
この燃えさかる炎はこいつらが原因だったのか?
おれに引きつけられ窓にやってきていたサラもこの光景を見ていたようだ。
「
サラはそうつぶやいた。
おれはとっさにサラに問いただす。
サラはハンナ母さんと魔物についての知識も学んでいた。
「あれは、大狼っていう魔物なのか!?」
「えぇ、上位の魔物なの。危険だけど魔物同士では群れをなさずに1匹で普通の狼を従えて行動する魔物のはず。それが何であんなに……パパ……ママ……いやぁぁああ!!」
サラは突然発狂して泣き出した。
サラの言うことが本当ならば上位の魔物があんなにうじゃうじゃといるっていうのか。
だが、ハンナ母さんもいるってことはあれが危険な魔物だということはわかっているはず。
きっと、
しかし、二人の危険には変わらない。
なぜだかはわからないが草原だけ見たってあんだけの数がいるんだ。
他の場所にも魔物たちがいると考えた方がいい。
「サラ、落ち着いて! 父さんと母さんならきっと大丈夫だよ。二人とも魔物に詳しいんだしきっと遠回りして村の中心部へ向かったはずだ。だから一旦落ち着いて!」
「あっ、あっ、そう……よね。パパたちなら大丈夫……よね」
サラは一旦落ち着くことができたようだ。
サラにとって家族とは絶対的なものなのだ。
その家族が危険な状況にあるなんて考えたくないのだろう。
「うん、そうだよ。だってカイル父さんとハンナ母さんなんだ! だけど、村の中心にもあの大狼たちはいるかもしれない。おれ、二人を追って行くよ」
「アベル……あなた、何言ってるのよ! そんなの絶対ダメよ! パパとママとの約束を忘れたの? それに二人のことは心配ないってアベルが言ったんじゃない!」
「それは草原いるやつらは問題ないってことだ! だけど、村の中心にはどれだけの魔物がいるかわからないんだ。村のみんなが危険な目にあっているのかもしれない。おれは強いから! だからみんなを助けたいんだ」
「ダメよ! 絶対にダメ!! 村のみんなはパパたちが守ってくれる。わたしたちは家で待ってるって……約束したでしょ。わたしだって……うっ……」
サラと本気でぶつかったのはもしかしたら人生で初めてかもしれない。
サラは途中でまた泣き出してしまった。
きっとサラには本当のことがわかっているはずなんだ。
しかし、約束を破ろうだなんて今までのおれとサラの関係とは真逆だな。
「約束と命どっちが大事だと思ってるんだ! 危険な状況なのはサラだってわかるはずだ。おれなら、おれなら二人を危険な状況でも守れるはずだ! だからおれは行く」
「あなたはパパとママの言葉を信じられないの!? アベル、お願いだから行っちゃダメだよ。だって、だって……」
おれの言い分の方が絶対に正しいはずだ。
なんでサラはわかってくれないんだ!
それにさっきのハンナ母さんとサラの会話。
あれはきっと二人が戻らなかったらおれとサラで馬を使って逃げろってことじゃないのか?
「サラだってわかってるんだろ。母さんとさっき話してたんだ、もしかしたら——」
「やめてぇぇええ!! あなたに……あなたにいったい、わたしたちの何がわかるって言うの!!!!」
おれは黙ってしまった。
サラ……どうしたんだ?
そして、サラは少しすると泣くのをやめた。
「わかってるわよ……わたしだって……本当は」
サラは少し間をおいて続ける。
「いいわ、あなたは約束を破ればいい。その代わり、わたしも行く! わたしもパパとママのところに行くわ!」
どうやらサラは決心したようだ。
彼女は覚悟を決めた顔つきになる。
「よし、おれたちで二人のところへ、そして村のみんなのところに行こう!」
こうしておれたちは地獄絵図のような世界に足を踏み出す決意をした。
上位の魔物の大群。
高く燃え上がるいつくもの火柱。
この非日常の現実の先に平穏を求めておれたちは外へと踏み出した。
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