第74話 関東大決戦
春のセンバツはついこの間だったようにも思えるが、もう二ヶ月近くは前の話である。
この二ヶ月で、どれだけの力を積み重ねることが出来たか。
まっさらな状態で対決するからには、監督の采配が勝利を大きく左右する。
帝都一のメンバー表を見て、国立は頷く。
「一応一年生が一人、ベンチに入ってますね。うちと違って試合には出ていませんが」
調べられる限り、公式戦には出ていない。
だが中学時代の実績を調べれば、U-15の世界大会に出場した選手であったりする。
こういう既に超高校レベルの選手を、さらっと入れるのはやめてほしい。
まあ素質と言う点では、ユーキもおそらく負けていないだろうが。
県営球場にて行われる、関東大会の決勝戦。
平日であり、夏と違って長期休暇中でもないのに、スタンドは満員である。
センバツ準決勝の組み合わせであり、実質的には決勝と言ってもおかしくはなかった組み合わせ。
それがこのところ急激に野球人気が高まりつつある千葉においては、格好の娯楽にならないはずがない。
今の老人が若い頃は、もっと地上波で野球中継があったものだ。
かつてはそれほどの興味がなかった者でも、郷愁を感じてこうやって球場に足を運ぶぐらいはする。
白石大介や佐藤兄弟はいなくなっても、白富東にはスター選手がいる。
そしてそれと対決するのは、野球ファンでなくともニュースで名前を聞く帝都一。
まあ平日にさらっと安く見れるという点では、おいしい試合であるのだ。
先攻は帝都一。
注意すべきバッターは全員と言えば全員なのだが、特に気をつけるべきは数人に絞られる。
とりあえずはこの勝だ。
身長は170cmもないのに、これで長打も打てるという。
二回り実力を小さくした大介が、先頭打者にいるといったところか。
二年生だから来年は、三番あたりを打っているかもしれない。
淳はこの試合、150球は投げる覚悟をしている。
だが内心では、200球投げてでも完封するという覚悟を持っている。
球数に気を取られて、点を取られていては意味がない。
先頭打者から全力で、凡退させていく。
高く打ち上げた三球目は、左中間の微妙な当たり。
だが追いついたセンターの大石が、しっかりとキャッチする。
(アレクさんにはさすがに負けるけど、守備はやっぱり相当いいよな)
孝司は冷静に現在の戦力の分析をする。
SS世代やその一つ下の世代と比べても、やはり戦力は落ちている。
ドラフト一位指名される選手がいた時代とは違うのだ。
孝司や哲平、それに淳にもプロのスカウトは注目しているそうだが、さすがに一位指名はないな、と判断する冷静さが孝司にはある。
もしも一位指名されるとしたら、それは悟であろう。
一年生で三本のホームランを打ち、この間のセンバツでもホームランを含む12打点で、打率も五割を超えていた。
あと一年でどれだけ成長するかと考えれば、150kmを投げてくるトニーよりもスカウトからの視線は熱い。
実のところトニーも、日本の球団に絞れば指名されてもおかしくないのだ。
日本の高校に三年間通ったトニーは、日本人扱いでドラフトにかかることが出来る。
実質外国人戦力であるトニーを、外国人枠を使わずに使うことが出来る。
ただ問題はトニーが、完全に卒業後はアメリカに帰るつもりであることだ。
大学に進学する予定ではあるが、野球を続けるかも分からない。
トニーレベルのパワーピッチャーは、アメリカではそれなりにいるのだ。
そこらへんにいると言うほどでもないが、少なくとも球速に希少性はない。
そのトニーよりも良い防御率を残している淳。
左のアンダースローを活かして、今日も不思議に変化する球を投げる。
本人にとってはストレートなのだが、キャッチしているこちらとしても、変化球にしか思えない。
二番三番と内野ゴロに打ち取り、上々の立ち上がりである。
「思い切りのいいバッターだったな」
「ヒットになってもおかしくなかったな。もうちょっとコンビネーションを考えてみる」
勝以外にも恐ろしいバッターが揃っているが、それでも最盛期の白富東や大阪光陰ほどではない。
後攻の白富東は、センバツでは先発してこなかった堀田との対決となる。
MAXで152kmというのは確かに凄いが、トニーと同じぐらいと考えるとさほどでもない。
トニーの場合は身長があるので、より打ちにくいというのは確かである。
正統派のピッチャーが、白富東を力で抑えるのは本当に難しい。
だからこそセンバツでは青山を使ったのだろうが、ここは真正面から勝負してくる。
先頭打者の宇垣は、ストレートにも変化球にも対応出来る、順応性の高いバッターだ。
基本的にはボールを見ていけと言ってあるが、打てるようなら初球から打ってもいい。
初球から打ちやがった。
ライト正面のライナーで、かなり偶然性の高いアウトである。
次の哲平と交差する時にも、短く会話がなされる。
「打てるか?」
「はい」
その返事を聞いて、哲平は左打席に入る。
正直なところ帝都一がエースの堀田を先発で使ってくるのには、違和感があった。
だが夏の甲子園で、対決することを覚悟していると考えれば、ここで先発として対戦する必要があるのだろう。
宇垣が初球から打ってしまったので、本来は自分が球種を引き出して報告しなければいけない。
しかし安易にストライクを取りにくれば、打ってしまう。
初球はアウトローに入ってきたが、ややボール気味だった。
判定としてはストライク。ややアウトコースが広いのか。
(まあ左バッターへの外角は、角度がついてストライクになりやすいか)
二球目のさらに際どい球は、ボールと宣告された。
センバツではわずかに対戦経験のある繊手から、おおよその印象は聞いている。
基本的にはストレートと、そこからのムービングが主体。
あとはチェンジアップとスプリットがある。
スライダーはあまり変化がなく、カットとスラッターの二つの種類を投げ分けていると考えていい。
哲平はここから粘り、10球を投げさせた後、ファーストゴロでアウト。
だがこれで、ネクストバッターサークルの悟からは、かなり球筋が見れたはずだ。
現在の白富東において、一番の打力を持つのが悟である。
準決勝の二本塁打にしても、これまでに甲子園で四本も放り込んでいたり、その長打力は間違いがない。
だが基本的には、アベレージヒッターではあるのだ。
高打率を維持しておきながら、いざという時には長打も打てる。
バッターとしては理想的な存在だ。
ツーアウトということもあり、帝都一バッテリーは勝負と決める。
松平もここは勝負でいい。しかも真っ向勝負だ。
もしそれで打たれたとしても、その経験を活かす場面は必ず来る。
それが夏の甲子園の決勝であれば、最高ではないか。
とは言っても安易にストライクから入るわけにはいかない。
まずは外に外す。これに対して反応はなし。
(内角に目を向けてから、また外の出し入れで勝負したい)
インコースの低めにコントロールされたカットボールを要求する。
このコースに対しても、悟はぴくりとも反応しなかった。
まだ反応を見せてくれれば、それなりにやりようはある。
だが結局ボール球を二つ先行させて、相手の動きは見えてこない。
(アウトローに全力。ボールでもいいから)
この三球目が外れれば、もう歩かせてもいいだろう。
堀田の三球目は、アウトロー一杯のいいコース。
だが悟もそれを狙っていた。
ツーボールからは外角の臭いところに投げるだろう。
それを思いっきり踏み込んで打つ。
ジャストミートした打球は、ずっと伸びてバックスクリーンを直撃した。
1-0で負けたチームが、まずは一点を先取した。
あれがまだ二年生か。
「身長はそんなないけど、そこそこ体はがっちりしてるんやもんな」
「それでも守ってるのがショートって、白石みたいな感じがしますね」
「まあさすがにあっちは規格外やけどな」
あんなバッターが隔年レベルで出てきてはたまらない。
打てて守れて走れるショート。
確かに大介に似ている。体格はあれよりも半回り大きいが。
体重が重過ぎないことは、内野守備での怪我を少なくする。
今のままでも打球はヒットと長打を打ち分けて、ケースバッティングが出来ている。
お目当ては帝都一も白富東も三年生であったが、一番目立っているのは悟になる。
どの球団でもほしいのは、キャッチャーとショートである。
特に打てるショートは、いざとなればコンバートもしやすい。
野手はよほどの守備がひどくない限りは、打てることが優先される。
だがこのバッターは、ちゃんと守れるのだ。
下手に肉体改造などをせず、今のバネのような肉体のまま、プロまで来てほしい。
そんなことをプロ球団のスカウトたちは思っているが、悟としてはもしプロになるなら神宮を選ぶ。
それが中学のあの頃、怪我でブランクのあった自分に環境を提供してくれた、スカウトへの恩返しだと思うからだ。
もっとも一位競合をしないのであれば、それはそれで他のチームへ行くだろうが。
「ほしいなあ」
ショートのポジションが埋まっていても、あの打力だけでほしくなる。
打率も高く、トリプルスリーが狙える逸材だ。
来年のドラフト会議は、また白富東が、一位指名を輩出する気配である。
どちらもいいピッチャーを擁する試合であるが、どちらかというと白富東が押し気味に進めている。
やはり単なる正統派の一流ピッチャーであれば、白富東は打てるのだ。
それに対しては淳は、ノーノーこそ難しいものの、大量点はまずされないという、己のスタイルを貫き通している。
もっとも秦野との話し合いで、いざという時の奥の手も考えているのだが。
両軍そこそこそこランナーは出るが、二塁へ進むのも難しい試合展開。
松平としてはあちらにミスや、こちらの幸運がない以上、勝負を仕掛けるのは終盤になると思っている。
悪い球ではなかったのに、狙い打たれたホームランが痛かった。
だが野球にはどうしても、偶然の要素が重なるものだ。
そこでどう判断するかで、試合の流れが変わる、変えることが出来る。
ミスではなくても打球の方向のほんのわずかの違いで、ゴロは凡打にもヒットにもなる。
淳のピッチングは、確率のピッチング。あるいは統計のピッチングと言えよう。
打たれる可能性の低い、平均値からとにかく外れたボールを投げる。
バッターのミスに頼るピッチングとも言えるが、これを徹底すればどんなバッターでも打ち取れる。
さすがに大介レベルだと別だが、それでも確実にしとめるということはなかった。
クオリティスタートという概念がある。
一般的にピッチャーは、六回までを投げて三点以内に抑えれば充分というものだ。
淳の場合はプロの舞台であれば、おそらく完封というのは難しい。
だが三点で六回までを投げるのであれば、統計的には可能ではないのか。
守備陣がしっかりしていることと、バッティングでの援護があること。
そんな条件を揃えてであるが、淳はプロに行こうと思っている。
おそらく高卒の段階では、まだこのスタイルに信頼性が置けない。
だから大学のリーグ戦で、この有効性を確かめる。
もしもダメなら一般のコースへと、リスク回避をした上での挑戦だ。
男ならとか若いならとか、挑戦してみろという人間は多いだろう。
だがそう言う人間が、自分の人生を背負ってくれるわけではない。
ならばなすべきは、とにかく自分の価値観で勝負をすること。
安全策をさんざん立てて、そこから挑戦するのが自分のスタイルだ。
打線の援護が初回に一点。
だがそこからは、なかなか追加点が入らない。
こんな時にもちゃんと、しっかりキャッチャーのリードを確認して投げる。
それが自分の生きる道。
球数が多くなっても、これは春の最後の公式戦。
故障しない限りは、いくらでも投げればいい。投げられる。
主に打たせるのはゴロで、それは時々内野の間を抜いていこうとするけど、このチームのセカンドととショートは凄く上手い。
ファーストとサードも球の勢いに負けないので、そこで確実にアウトを取っていく。
掬い上げた打球が内野の頭を越えることはあるが、長打にならなければいい。
なんとか後続を断ち切って、スコアボードを0にする。
三回が終わった。
打巡一巡目は問題なく、二巡目に入ったところであるが、そこでヒットを打たれても次をアウトにする。
小さな一番打者であるが、あれでホームランが打てるのだ。
センバツでは出ていなかったから、怪我であったのか、伸びてきたのか。
アンダースローは軟投派とよく言われることがある。
間違ってはいないが、正しくもない。
軟投派の要素がある技巧派と言うべきだ。
三回を投げてヒット一本と四球一つ。
アンダースローの使い方が、ようやく分かってきた。
とにかくピッチャーはマウンドに立って投げなければ成長しないのだ。
こちらの打線も、なかなか爆発はしてくれない。
悟のおいしいホームランこそあったが、その次は久留米が一本クリーンヒットを打っただけである。
スミイチの可能性まで見えてきた投手戦。
だがおそらく、追加点か同点か、点が入る気配がする。
試合は中盤に入る。
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