第58話 リベンジへの道
白富東高校はセンバツの一回戦、岡山奨学館戦を9-1で勝利した。
初回にホームランを含む大量点を取って、そこからもチャンスで確実にタイムリーを打っていった。
打力のチームと言われた岡山奨学館を相手に、むしろこちらの打撃力を見せ付けるかのような展開であり、最後には二年生のピッチャーに経験を積ませる余裕さえあった。
二回戦までは中四日あり、イニング数を短くしたため、ピッチャーの消耗はほぼないと言っていい。
貸し出されたグラウンドで練習をしつつ、試合の消化されていくのを待つ。
とりあえず二日目の第一試合では、白富東を関東大会で破り、神宮大会も優勝してのけた水戸学舎が、さくっとロースコアゲームで勝ち上がっていた。
二回戦では和歌山の理知弁和歌山との対戦の予定である。
ベスト8まで勝ち上がれば、水戸学舎との再戦となる。
SS世代の二年春から、ずっと関東王者であった白富東に、土ををつけたのが水戸学舎である。
正確にいえば秋の新チーム発足以来、唯一公式戦で負けた相手と言えようか。
センバツにさえ出られればなどという言葉も聞くが、なんだかんだ言って白富東の三年生などは、無敗であることに誇りを持っていた。
まあ神宮などではそれなりに負けていたのだが。国体でも負けることはあたのだが。
二年連続で優勝していた秋季大会で負けたというのが、やはりショックなのであろう。
秦野としては水戸学舎だけに絞らず、対戦するチームについては調べていく。
秋の大会のデータは、やはり春にはアテにならない。
白富東のように、ほとんどベンチの入れ替えがなかったほうが珍しいのである。
二日目の試合は水戸学舎の他に二チームが当然勝ちあがるわけだが、珍しくも桜島以外が出てきた鹿児島のチームが、あっさりと負けていたりする。
あとは横浜学一という、おなじみのところは順調に勝っている。
そのわずか一試合を録画して、秋のスコアやデータと比べて、何度も見るのが秦野の仕事である。
淳と孝司、哲平の三人はそれなりに付き合うことがあるのだが、基本的にこういったことを考えるのは、まず監督の仕事なのは当然である。
監督が苦労すればするほど、選手が楽に試合に勝てる確率は上がる。
まあ世の中にはそれを逆恨みして、選手にとにかく責任を被せる監督もいるそうだが。
試合に負ければ、その敗北の責任は全て監督のものである。
ピッチャーの調子が悪かろうが、打線が全く打てなかろうが、全て監督が悪いのである。
中にはキャプテンやエースに、自覚を持たせるために責任を被せる監督もいるらしいが、それはそこまでにエースや打線を育てられなかった監督が全て悪いのだ。
敗北後のインタビューで、自分の判断ミス以外を敗因に挙げる監督は、全てろくなものではない。これはプロでも同じことだ。
選手は全力を尽くすことが仕事。
全力を尽くさない選手を使わないという裁量が、監督には認められているからだ。
気分屋のピッチャーに任せて負けて、ピッチャーの責任にする監督は最悪である。
少なくともセイバーも秦野も、勝敗の責任は監督にあると分かっている。
まあ活力を強制的に引き出すため、あえて悪者を作るという手段も、ないではないのだ。
しかし白富東はそれが効果的なようには作っていないチームなので、秦野としてはそれは使えない。
理聖舎に勝ったとして、おそらく次は水戸学舎。
秋に敗北した相手に対し、チームの雰囲気がどうなるかは未知数である。
だが秦野が一試合だけを見た限りでは、飛躍的な技術の向上は見られなかった。
もう一試合見れば、さらにその確信は強いものになるだろう。
だがこれだけを見るわけにもいかず、大会は三日目が始まる。
おそらくチーム力を見るなら、ベスト4に勝ち進んでくるのは帝都一か横浜学一。特に帝都一だ。
神宮では水戸学舎に負けた帝都一であるが、一回戦を見る限り、去年よりもはるかに強くなっている。
水野というエースが引退した後も、ちゃんと左右二枚のピッチャーを仕上げてきている。
夏の選手権を見据えて、二人をバランスよく使って勝ち続けたいのだろう。
残りの二試合では地元兵庫代表と、そして21世紀枠と当たった愛知代表が勝ちあがって来た。
よりにもよって強力な愛知代表と21世紀枠では、かなり無残なものとなった。
二桁の点を取られることは防いだが、9-0と完敗である。
ここまでして21世紀枠は、比較的弱いチームを連れて来るべきなのか。
あちらの山から勝ちあがってくるのは、当然ながら一校だけである。
去年までなら大阪光陰を中心として見れば良かったのだが、秋の大会は大阪光陰も近畿大会であまりいい数字を残していない。
夏の大会のレギュラーは、七人が三年生であった。しかもそのうちの四人がプロに進んだ。
だがスタメンのバッテリーが残っていたのは幸いと言えるのか、かなり低下したはずの戦力でも、近畿大会で選抜されるだけのところまでは勝ち上がったのだ。
これも監督の采配であろう。
マスコミの前では絶対に言わないが、チームの勝敗は全て、監督の責任であると同時に成果でもあるのだ。
四日目の試合の注目は、まず明倫館と仙台育成の試合。
どちらも地方大会を勝ち抜き秋には神宮へ進んだチームであるが、仙台育成はピッチャーが少し弱い。
本来ならこの世代のエースになるはずの淳が、白富東に来てしまったからだ。
それでもちゃんと甲子園に来るあたり、チーム作りが完成されてると言えようか。
しかし試合の行方は、完全に明倫館有利に進んでいた。
明倫館も基本的には、スモールベースボールを戦術の核としている。
だがキャッチャーのリードが上手いらしく、右の本格派のストレートが、ことごとく詰まった当たりになる。
たまに内野の頭を越えることがあるが、基本的にはフライが上がってそれで打ち取ることが多い。
これはゴロを打たせて、それを守備力でアウトにするスモールベースボールとは、一見すると反するように見える。
だが単純に、守備力は高いのだ。
ピッチャーの資質がゴロを打たせるより、フライを打たせることに向いているだけで。
緊迫した試合ではあったが、勝ったのは明倫館であった。
どうも明倫館は、本格的に野球強豪校として認識されつつあるらしい。
二試合目は埼玉の花咲徳政が接戦に勝利し、三試合目は大分代表が21世紀枠を蹴散らす。
埼玉と京都の代表校同士の試合は、この日の試合の中では一番面白かった。
大会五日目。
明日はいよいよ二回戦であるが、ここでチェックしておかなければいけないチームが出てくる。
当然ながら大阪光陰である。
真田のいる間はずっと二番手ピッチャーであった緒方だが、秋からは完全にエースとして投げている。
だが真田ほどの確実性はなく、近畿大会を着実に勝ち進むことは出来なかった。
携帯テレビで試合を見ながら、自軍の練習も見ている秦野である。
既に先発はトニーと言ってあるし、練習の中に気の緩みも見えない。
目標としているのはベスト8で当たりそうな水戸学舎であるが、理聖舎を甘く見ているわけでもない。
かつて遠征してきた理聖舎と戦った時は完勝したが、あの時とはもうチームは全く違うものとなっている。
第一試合は最近甲子園の常連となりつつある蝦夷農産の荒っぽい攻撃を、群馬の桐野が上手く捌いて勝利した。
二試合目は高知の瑞雲と、広島代表の戦いである。
瑞雲もまた明倫館と同じように、短期間で強くなったチームである。
だが甲子園に出るところまではきても、そこから上に行くのはなかなか難しい。
(そういえば坂本はどうなったんだ?)
年度的にはSS世代と同い年であった坂本は、三年目は当然甲子園に出られなかった。
だがベンチのスコアラーなどとしては参加出来たはずだ。しかし去年はその姿も見なかった。
あるいはクラブチームなどに入って、プロ入りを目指していたりするのだろうか。
秦野の目の前の仕事とは関係ないので、今までは意識すらしていなかったが。
瑞雲が負けて五日目の最後の試合が、大阪光陰と栃木県代表の試合であった。
両校にエースと呼ばれるような存在がいるが、打力で圧倒的に大阪光陰が上である。
去年の夏は三年生が多かったと言っても、ショートかピッチャーをしていた緒方と、キャッチャーの木村が残っていたのが大きい。
少しずつ点を重ねていって、あちらのヒットは二点に抑えて5-0の完勝である。
これぐらいなら後半で他のピッチャーを試せたような気もするのだが、二番手以降のピッチャーの数字は、あまり残っていないのだ。
スカウトの強い大阪光陰であるが、ピッチャーの獲得に失敗したのか。
ともあれこれで、五日目も終わった。
明日は一回戦の最終試合を行った後、二回戦の最初の試合の始まりである。
白富東と理聖舎の試合だ。
理聖舎を除いたとしても、準地元の近畿から、奈良県と和歌山県の代表が出る試合があるので、地元の注目度は高いだろう。
球場の雰囲気は、理聖舎有利となるか。
白富東は公立校ではあるが、覇者でもある。
強いチームに向かって行く地元チームということで、理聖舎への声援は大きくなるだろう。
そのあたりがそれなりに、秦野としても心配ではあるのだが。
さて、まだ一試合はあるとは言え、ほぼ一回戦から注意すべき敵は見えてきた。
球場の雰囲気などを無視すれば、理聖舎には順当に勝ちあがれると思う。
やはり水戸学舎か。
関東大会の不敗記録に土をつけられ、リベンジの意識が選手たちに強い。
これであっさり水戸学舎が負けてしまったら、むしろこっちの気が抜けてしまうかもしれない。
だがあちらも相手は理知弁和歌山で、応援の援護は負けるだろう。
(準決勝は横浜学一か帝都一……けれど東名大姫路も秋の近畿大会には勝ってるのか)
帝都一だとは思うのだが、東名大姫路の地元の応援が、試合の流れをかえるかもしれない。
あちらの山には大阪光陰と明倫館がいて、花咲徳政や桐野なども強いため、一応は大阪光陰を本命としておこう。
だがこちらも理聖舎、水戸学舎、帝都一あたりの強豪と当たっていくわけだが。
特に水戸学舎は、暫定ながらこの世代のチームの王者なのだ。
「つーことで理聖舎に関して、ミーティングするぞ」
宿舎において、最後の確認である。
理聖舎は、はっきり言ってしまえば、よくあるタイプの強豪だ。
いいピッチャーがいて、守備はよく、打撃も打つ。
だがどの分野も、突出して強いところがない。
もちろん弱いところも埋めてあるので、甘く見てはいけない。
高校野球はなんだかんだ言って、最後まで勝ち抜くにはストロングポイントがいるが、ある程度勝つのならウィークポイントをなくせばいい。
強豪が強豪であるのは、弱点を潰した上で、長所を伸ばしていくのだ。
だがたいがいは、ホームランを打てるバッターと、三振が取れるピッチャーこそが、分かりやすい長所である。
おそらく総合的に見て、理聖舎相手にはかなりの確率で勝てる。
だが采配を誤れば、あっという間に負ける可能性もある。
「次の試合のテーマは、スピードとパワーで」
秦野の課題は分かりやすいものだった。
開会式後のドタバタの後で、むしろ一回戦は何も気にせず戦うことが出来た。
去年の夏まではベンチ入りも出来ず、一年生たちのベンチ入りを見ていたが、それでも技術的な差などはあったため、仕方のないことだと思っていた。
ただ、そこで諦めなかっただけである。
白富東は二回戦、地元の理聖舎と対決した。
こちらのストロングポイントである切れ目のない打線を、それでも比較して弱いところを突いてくる。
しかし弱いと思われたところが、強く出られればどうだろうか。
二回戦は久留米がヒーローになった。
長打二本で自分の前のランナーを帰し、四打点を上げたのである。
確かに久留米は、悟や同学年でも孝司と比べたら、才能には恵まれてなかったのかもしれない。
だがそこで諦めないことは、また違った一つの才能の形である。
終盤で七点差をつけた白富東は、トニーから文哲へとピッチャーを交代した。
文哲の緻密なコンビネーションは、理聖舎のようなタイプの攻撃とは、いい意味でも悪い意味でも適当である。
つまり何点かは取れるが、大量得点にまではつながらない。
二点を取られたが、そこで九回のツーアウト。
最後の打者はレフトフライで、白富東は勝利した。
そしてこの日の第三試合、水戸学舎は勝利した。
これでベスト8で、白富東と当たる。
敗北した相手だ。今度こそという思いはある。
あるいはこのチームになってからは、大阪光陰や帝都一以上に意識していたチームであろう。
戦って勝ちたいという意識は、おそらく一番大きい。
秦野としても、秋に負けたチームと甲子園で戦うという形は、これまで白富東が有利であった。
二年前は神宮で負けた大阪光陰に、センバツでは勝利していたからだ。
リベンジの舞台は整っていた。
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