主人公は隠居した占術師:ジークムント。カードを使った占いの腕前は、周囲の人々からの信頼も厚い人物です。しかも、文字通り未来を垣間見ることもできます。
……ただし、命を削りながら、ですが。
彼をそうまでさせるのは、過去の事件の影が今も彼に付きまとうためです。
未来を垣間見る占術師が、過去に囚われているというのは、なんという皮肉でしょうか。
そんな彼のもとに、一人の少年が弟子入りに来た時、全てが動き始めます。
登場人物の過去は仄暗く重いのですが、語り口が優しさを纏っています。
なので、「彼らなら、きっと幸せな未来に辿り着けるはず!」と前向きな気持ちで読み進めることができました。
タロットカードの占いでは、同じカードでも向きによって、その意味が大きく変化する、と聞きます。
作中に散りばめられた伏線は、物語を自然に彩っています。
生き生きとした描写としても楽しめますが、それだけじゃあないんです。
登場人物のさりげない言動や、キーアイテムが帯びている秘密が明かされる様は、まるで、クルリと向きを変えたタロットカードのよう。
「まさかこんな意味があったとは!」と思わず唸ってしまいました。
ファンタジー作品としても楽しめますが、上質なミステリーとしてもオススメしたいです。
占星術。カード。魔術。暦の独特な言い回し。
ライム鳥の警告。星の吉凶。
かのJ.R.R.トールキンは『妖精物語について』というエッセイの中でファンタジーについて以下のように述べているそうです。
ファンタジーこそが「空想の産物に首尾一貫したリアリティを与える力」であり、イマジネーションはファンタジーに従属するものに過ぎない(『ファンタジーの大学』より)――と。
ならばこの作品に出てくる数々の要素《ファンタジー》は間違いなく作品世界にリアリティを与えるモノであり、ジークムントとドゥイリオの師弟(のみならず他のキャラクターたちも)が間違いなくそこに生きていることを教えてくれるスパイスでもあります。
単なる記号ではなく生きている〝人〟たちの悩みや葛藤がある一つの〝世界〟。
確かにそこに人が生きていると思わせてくれる〝物語〟。
児童文学の棚に並ぶ優れたファンタジーのエッセンスを含む――そんな作品をお探しの方はご一読あれ。
占いで未来を垣間見ることのできる、元占術師長のジーク。彼の下に、少年ドゥイリオが弟子入りしてきたところから、物語は始まります。
どうやらあまり幸せな境遇ではなかったらしいドゥイリオは、けれど細々としたことにもよく気がつくし、どうやら占い——魔法の才もある様子。最初は気乗りしなかったジークもやがて、彼のことが気に入り始め……。
占術師としては類稀な能力を持ちながらも、その能力ゆえに苦悩を抱えるジークと、こちらも何やら事情を抱えているらしいドゥイリオとのなんともほのぼのとした温かい魔法修行の日々から、やがて、彼らの過去が深く関わる思いもよらぬ展開に。
何を書いてもネタバレになってしまいそうでうまく伝えられないのですが、たとえ未来を垣間見ることができるとしても、避け得ないことはいくらでもある。
起こってしまった過去は変えられない。そうした厳しい現実に直面した時、それにどう向き合っていくのか。
途中から本当にどうなるのーーーー!!っと、先が気になってどきどきしてしまうのですが、ぜひ皆さんにもこの結末を見届けていただきたい、そんな風に思える素晴らしい物語でした。
おすすめです!