見知らぬお店に入ってみる
男がふらりと近所を散歩していると、数ヶ月前に潰れた定食屋の跡地に新しい店ができていることに気が付いた。店の前には大きく毛筆で『うどん』と書かれた看板が立っている。どうやら新しくできたのはうどん屋のようだった。
せっかくだから入ってみようと思い玄関引き戸を開けると、和服姿の女性が温かみのある声で出迎えてくれる。
「あら、いらっしゃい」
そのまま男は坪庭に面した廊下を通って、奥の部屋へと案内された。
通された部屋は8畳ほどの和室で、一人用の小さな机が規則正しく間隔を空けて、前列に3つ、後列に3つ、計6つ置いてあった。一人用の座席しかないし、どの机もみんな同じ方向を向いているなんて、少し変わったお店だなと思いながらも、そういうコンセプトの店なのだろうと思い席に着く。椅子もないのでそのまま畳の上に座ると、イグサの匂いが鼻孔をくすぐった。
「まだ誰も来られてませんし、とりあえず前の方に座って待っておいてもらえますか?」
「待っておくって、メニュー表は?」
机の上を見てもメニュー表もお箸も七味も何も置いていなかった。
「メニュー表? どうしてそんなものを?」
なぜか和服姿の女性は首を傾げた。
「ここ、うどん屋なんですよね?」
「うどん屋……? ここは書道教室ですけど……」
「だって表に『うどん』って書かれた看板が立ててあったじゃないですか!」
「あれはわたしの作品ですよ。一番綺麗に書けた文字が『うどん』だったから店の前に飾っておいたんです」
「紛らわしい……」
そう呟いて男は恥ずかしそうに店を出た。
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