第21話 詠唱内容

 アルバートとサラとピーちゃんは、冒険者ギルドに向かっている。

 今日からしばらくは、勇者パーティの穴埋めをするつもりだ。

 町の人達の噂話を聞くと聖なる木が壊された、このままここに住んでいて大丈夫なのか、と騒いでいるようだ。


 3人はそれを聞いて、聖なる木を少しだけ見にいくことにした。


 聖なる木があった場所の周りでは、大勢の人が地面に座っていた。

 すすり泣く音があちこちから聞こえる。


 聖なる木が生えていた場所には、切り株が残り、残りは倒され燃やされたようだ。

 焦げている木を見て、ここまでされると流石に回復じゃくっつかないねと、ピーちゃんはどんよりとした気持ちになった。


 ピーちゃんは聖なる木について、新人冒険者の研修のテキストに載っていた内容をなんとなく思い出す。

 確か、黒の森周辺の町には必ず植えられていて、これがないと人が生活しにくい環境になるんだったかな。

 町に住んでいて大丈夫かって不安がってたのは、そのせいだね。


 3人は今ここでできることは残念ながらないと、冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルドの中はいつもより、慌ただしい様子だ。

 勇者パーティが昨日、町に戻って来ていないということが、冒険者ギルド内だけで噂されている。

 そして、聖なる木が壊されたことが町全体に知れ渡った結果、犯人を捕まえてくれという要請が冒険者ギルドに来ているようだ。


 3人はピーちゃん効果で、受付を選んだ。

 マッチェは、おしとやかにおはようございますと言った。

 ピーちゃん達黒の砂はマッチェに、優雅におはようございます、と言ってから、勇者パーティが町に戻ってきていないことが、なぜ噂になってるのかを聞く。

 研修で1日森に泊まる方法を教えて貰ったのに、1日帰らないだけで噂になるのはどうしてなのか知りたかったからだ。


 マッチェは教えてくれた。


「空を走る光の皆さんは、1日でも町に帰らない予定になっている時は、いつも事前に教えてくれていました。なので、今回のように何も言わずに町に戻って来ていないというのは、何かあったのではないかと噂されているんです」


 マッチェは下を向いている。

 ピーちゃんはサラの肩の上からカウンターに移って、翼を広げてマッチェを励ます。


「マッチェさん、空を走る光の皆は無事だよ。なんとピーちゃんが助けたからね」


 マッチェはピーちゃんを見て、冗談だと思ってそれなら安心ですねと少し笑った。

 アルバートとサラは、マッチェをやさしく見ている。

 そのあとマッチェは、気を取り直して聞く。


「今日のご用件は他の冒険者パーティの方々を雇われるということで、よろしいですか?」


 アルバートが答える。


「ええ、今日はグレイトホーンを60頭ほど狩る予定です」


 それを聞いて、マッチェは驚いているようだ。

 それに続いてサラが言う。


「今日は空を走る光の皆さんと同じように、残った方全員雇いますね」

 

 できそうですか? と聞くとマッチェは少々お待ちください、聞いてまいりますと言って、受付を離れた。


 マッチェがいない間に、冒険者ギルドに大勢の冒険者たちが入ってくる。

 それと同時に、数人から集団まで大勢の冒険者たちが出ていく。


 そんな光景を眺めていると、マッチェとギルド長のロッダンが戻ってきた。

 ロッダンは3人の方を見て面白そうに、研修が終わって初めての討伐で60頭も狩るなんて言うやつは初めてだ、と言ってから聞く。


「で、どうやるつもりだ?」


 ギルド長としては勇者パーティがいないという噂が流れて、町の人をこれ以上刺激するようなことがあってはならないと思っている。

 なので、空を走る光と同じような数を狩れなかったとしても、むしろギルド側からお願いしてでも、どこかのパーティに勇者パーティといわれるくらいの人数を雇わせようと考えていた。

 そして今回、3人に言われてロッダンは思った。

 いきなりBランクから始める冒険者は珍しい。

 なので、新人冒険者が同じだけ連れて歩いてもばれないのではないかと。

 よって、今回の申し入れを断るつもりはない、ないが堂々と同じだけ狩ってやると言われれば、どうやるのか気になるのである。


 ピーちゃんは言った。


「ギルド長も知ってる方法だよ。森の中で何に一番時間がかかるかっていったら移動でしょ。だから空を飛んで移動の時間を短くするんだよ」


 ギルド長ロッダンは研修初日の3人が空を飛ぶ光景を思い出したようだ。


「なるほどな、雇ったやつ全員飛ばすのか?」


 ピーちゃんは首を横に振った。


「いきなり練習なしで飛ぶのは難しいよ。たぶん制御できなくてどこまでも飛んでいくか、木にぶつかるんじゃないかな」


 移動系のスキルは結構扱いが難しい。

 飛行は最初は動かすのが難しいのだが、動かせるようになると逆に止めるのが難しくなるのだ。

 アルバートとサラは拠点の飛行教習所で熟練度を上げてあるので問題ないが、自分が初めて使ったときも2人が初めて使ったときも酷かった。

 たぶんチュートリアルがなかったら、何回かゲームオーバー画面を見てたなとピーちゃんは思った。


 ロッダンは納得した。

 そして思う。

 もっと飛ぶ魔法が使える冒険者が増えるといいと。

 想像力の問題か、詠唱が合わないのか、実力が足りないのかは分からない。

 だが、詠唱の言葉を変えるだけで、使えるようになる冒険者もいる。

 なので、ピーちゃんに聞いた。


「なあ、ピーちゃん、できれば飛べるようにする魔法の詠唱を教えてくれないか?」


 ピーちゃんはそう言われた瞬間、カウンターの上でアルバートとサラの方に向かって驚きで少し跳ねてしまった。

 そして思い出す、そういえばウィルがスキルを使おうと『貫け、〈氷槍〉よ、アイスランス』って言ってたなと。

 あれが魔法の詠唱かとピーちゃんは思った。

 それから研修でギルドでは魔法の詠唱内容も冒険者達に広めている、という話を聞いている

 登録第一号になるのは避けたいけど、ある程度知られているようだったら言っても問題ないかなとピーちゃんは考えた。


 だから聞く。


「飛べる魔法って冒険者で使える人、少ないの?」

「いや、この町の冒険者だけだと少ないが、他の国に行ったりすると種族的に使えるやつらがいるから、少ないってほどではないな」


 なら教えても問題なさそうだとピーちゃんは思う。

 同時にピーちゃんはそれっぽくしなければならないと思ったので、ロッダンに少し待ってねと言って、アルバートの肩に飛び乗り2人にしゃがむように言う。

 カウンターから3人の姿が見えなくなったところで、向きを変え聞こえないように相談する。


「飛行のスキルを魔法の詠唱っぽくしようと思います。なので2人の意見を聞かせてね」


 お任せくださいと2人がひっそりと言う。

 ピーちゃんがそっと聞く。


「羽ばたけと飛び立てだったらどっちがいいかな」

「人が使うことになるので、飛び立ての方が合ってはいるかと思います。ですが、ピーちゃん が使われているので羽ばたけの方が違和感はないかと」


 アルバートがこっそりと答えた。

 サラも羽ばたけがよろしいですねと思っているようだ。

 次にキーワードの入れ方だ。


「飛行せよかな、飛行しろかな」


 2人は少し考えてサラが小さい声で言う。


「飛行せよの方が少していねいな感じがして、よろしいのではないでしょうか」


 アルバートも頷いている。

 じゃあ最後は氷槍がアイスランスだから、とピーちゃんは考えてひそかに聞く。


「フライかなフライングかな」

「フライの方が合っているかと」「フライがよろしいかと」


 緊急時に使うには短い方がいい、と2人は思っているようだ。

 これで完成だ。

 2人ともありがとう、と言ってから立ち上がる。

 教えるか教えないかの会議だと思っている、ロッダンに言う。


「詠唱、教えても大丈夫だよー。今、言って平気?」


 それを聞いてギルド長のロッダンは、感謝を伝え先に報酬の話をする。

 ここで言えば他の冒険者ギルドにも伝わるので、結構な報酬になるようだ。

 大体の金額を聞いただけで引いてしまった。

 多すぎるので分けることになるらしい。


 そしてロッダンは詠唱と同時に、アルバートとサラ以外の誰かに感覚を覚えさせるためにかけてくれと言う。

 ピーちゃんはもちろんいいよと返す。

 なのでギルド長のロッダンは少し待っててくれと言って、近くにいた魔法を使えそうな見た目の冒険者を1人連れてきた。

 ギルド長とアルバートがその冒険者を、勝手に飛んでいかないように抑える。

 そして、ピーちゃんは魔法を使った。


「羽ばたけ、そして〈飛行〉せよ、フライ」


 冒険者が浮いたのを確認して、ロッダンは後はこれでどれだけの冒険者が飛べるようになるか楽しみだな、と言って笑った。

 かってに飛んでいきそうだったのでちゃんと効果が切れるまで抑えたままでいる。

 何とかなったようでギルド長は安心した。

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