おかしなTEL


 オフィスに、外線電話が掛かってきた。

 応対係の同僚が席を外していたので、ぼくが受話器をとった。

「はい、リエゾン出版編集部ですが」

「なんや?」

 女性の声だ。

「あんた、だれや」

「は」

「あんた、だれや?」

「リエゾン出版編集部の、黒崎と申しますが」

「リエゾン? リエゾンってなに。おたく、明星書籍とちゃうの」

「いえ、小社はリエゾン出版でございます」

「ちゃうねん、会社の名前や。明星書籍とちゃう」

「いえ、会社の名前がリエゾン出版でございます」

「そやけど、おたくの雑誌こうたらな、なんや、間違い見つけたもんやから、教えてあげよ思うて掛けたんや。だって書いてあるやん、これおたくの番号やで」

「はあ」

 意味がよくわからない。間違い電話か?

 ぼくはなるべく下手に出て、

「そうしますと、大変恐れ入りますが、お掛け間違いじゃございませんか」

「ちゃうちゃう。間違いなくこの番号や」

「はあ」

「せやけど、なんやおかしいな。え。だっておかしいやん。おたく、雑誌作ってるやろ」

「はい、雑誌は発行しておりますが……あの、お手元の雑誌のお名前を伺ってもよろしいですか」

「ええよ。ちょっと待って」

 それから、二、三秒の間が空き、

「婦人講談」

「は」

「婦人講談よ、婦人講談」

「そのような雑誌は、小社は刊行しておりませんが」

「はあ? 婦人講談やで。婦人講談の最新号。五月号や、五月号。そこにおたくの番号載っとんのやで」

 五月号?

 いまは一一月だ。

 最新号の、五月号だと?

「あの、一二月号じゃありませんか」

「何を言うてるの。婦人講談の、四三年五月号やんか。これが最新号やないの」

 四三年?

 ばかな。

 和暦としても西暦としてもありえない。

 だが、女性は言うのである。

「あのな、うちの持ってるのん、婦人講談の、昭和四三年五月号や。なんやの、今回の号は。嘘ばっかしやないの! 金沢と新潟を一時間で結ぶ新幹線だとか、ミッキーマウスの遊園地が千葉にあるだとか、人がみんな電話機を持ち歩くようになったとか……こんなでたらめ書いて、おたくどういうつもりなん?」



「非常に残念なことだが」

 社長が、社員を集めて訓示した。

「過日、社員の電話応対に問題がないかどうか、マナー講師に抜き打ちテストをさせてみた。それがどうだ! 被験者が誰だとは言わないが、まったく、しどろもどろだったのだ。おかげで、マナー講師の弾いた評定は最低ランクだ! というわけで、これから全社員を対象とする再教育をおこなうつもりだ。心するように!」




 了

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