鳴らされた警笛(抄)
祠はかり
後輩の兼松と、喫煙室で一緒になった。
「あ、そうだ。牧田さん、読みましたよ新作」
「ああ」
私は曖昧な笑みを浮かべた。私は、よくわからない作り話を書きためては一冊に編んで販売しているのだが、そのことなのだ。
「面白かったです」
「そう」
私は天井に向かって煙を吐き、
「そりゃどうも」
「牧田さん、あんな発想、どこから出てくるんです?」
「電車だよ」
「電車?」
「君も、一日三時間、電車に揺られてみろ。ネタなんかどんどん思い浮かぶから」
「へえ」
と、真に受けたように兼松は頷いた。
「あの、じつは、ぼくも大学のころ文藝同人にいたんです」
「え」
兼松が文藝をやるだなんて意外だった。
どちらかというと、スポーツマンタイプだと思っていたのだ。
「そうなの」
「ええ、そうなんです。でも、ちょっと水が合わなくて。ああいうものはどうしても馴れ合いになるでしょう」
「なる」
自分の経験でも、それは同感だった。
「そこがいちばん難しいね。文藝同人はね」
「それを避けるためか、ぼくのいた同人には変な慣習がありましてね」
「慣習?」
兼松は、ふわっと煙を吐き、
「ぼくは神道系の大学だったから、キャンパスに、いくつか祠があったんですよ。ごくごく小さい祠が」
「うん」
見たことはないが、そういうところもあるかもしれない。
「それで、小説を書くでしょう。それを、原稿用紙でもプリントアウトしたものでもいいんですけど、祠の中に入れておくんですよ。これ、<祠はかり>といってね」
「<祠はかり>?」
「ええ。だいたい次の日には、原稿はなくなってます。誰かが持って帰るんですよ。それで、持ち帰った人がそれを読んで、批評を書いて、また祠に入れておくんです。元の原稿と一緒に」
「<はかり>って、つまり諮問の諮か」
「そうなんです」
――<祠はかり>だと?
妙な慣習があるものだ。
というより、祠の戸を開けるだなんて、不敬と言われないのだろうか?
「それで、原稿を読むのは同人の人だけなの? ほかの学生は読まないの?」
「他の学生も読みます」
兼松は二本目の煙草に火をつけ、
「もう、大学全体の文化になってましたからね。伝統というか。だから、文藝同人に所属する意味って正直あんまりないんですよ。一人で活動してもちゃんと講評が得られるわけですから」
「そりゃそうだが」
「それで……」
兼松は、ここで少し間をおいた。
「<祠はかり>には、一つ大事な決まりがあるんですよ」
「大事な決まり?」
「つまり、原稿に本名を記載しちゃいけないんです。無記名か、筆名を使う。そして、それは批評する側も同じです」
「ああ」
と頷いた私を見て、兼松は、
「おわかりですよね」
「トラブルにならないようにってんだろう」
「そうなんです。ですが、ぼくが三回生のときに事件が起こりましてね。原稿は無記名だったんですが、批評のほうに本名が書いてあったんだな。うっかりしていたのか、わざと書いたのかわかりませんが」
兼松はじっと私に見入り、
「悪いことに、批評の内容も辛いものだったんです。それで、創作したやつが切れちまいましてね。刃傷沙汰になったんですよ」
「刃傷沙汰って、まさか殺したの」
「まさか。殺しはしません。だけど、祠の切妻には今も血の痕があるんですって。そいつは祠の影に隠れて、次にそいつが来るのを毎日狙っていたらしいです」
そこまで言うと、兼松はぐりぐりと煙草の火を消した。
「その事件以降、作者は筆を折ったんです」
「…………」
しばらく、喫煙室に沈黙が流れた。
重い扉を開けるように、私はゆっくり口を開いた。
「兼松くん、それは……それは、本当の話なのか?」
「さあ」
兼松は、にやりと歯を見せて笑い、
「牧田さん、ぼくに創作の才能はありますかね?」
了
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