対立再び



 同業者の大澤から、本が送られてきた。

 献本のようだ。

 ちょっとしたムックである。 

 何人かのライターの中に、彼女も入っているのだ。

 本には一筆箋が挟んであった。

 「謹呈」に続き、私の名前が書いてある。

 ところが、中面を開くと、何も印刷されていない。

 なんだ?

 パラパラとページを繰ってみるが、ノンブルも柱もなく、まるで白紙なのである。

「びっくりしたよ」

 大澤に電話を掛けた。

「全部白ページなんだから」

「そんなはずないわ」

 大澤は驚いたように、

「だって、それなら送るときに気が付くわよ」

「そりゃそうだけど」

「おかしいわ」

 ――待て。

 もしや、これは当てつけではないか?

 大澤は、昔の同僚で……

 今は二人ともライターとして独立したが、同じ屋根の下で働いていた昔は、仕事上のことで相当やりあったのだ。

 私がやりこめたことも、彼女にやりこめられたこともあった。別に仲たがいをしたわけではないが、若さに任せてバチバチしたことは何度もあるので……

 どうせ、今回も自分の仕事についてあれこれ言うのだろう、それならお前の好きにしろという当てつけで、わざわざ白紙の本を寄こしたのではないか?

 白紙の本なんか、編集者から束見本を貰えばすぐに用意できる。あとは、そこに正規のカバーを巻くだけだ。

「どうしたの」

「は」

「どうして黙ってるの」

「わざとかと思って」

 思わずストレートに訊いてしまった。

「え」

「意趣返しかね、これは」

「はあ?」

 気に障ったらしく、

「本気で言ってる?」

「いや」

「そんなはずないじゃない。被害妄想はよしてよ」

 明らかに怒気をはらんでいた。

「悪かったわよ。もう一冊送ればいいんでしょう。それがほんとに白紙の本なら」

「ほんとに白紙の本さ」

「どうだか」

 ふん、と鼻を鳴らし、

「ねえ、嫌味じゃないわよね?」

「は」

「私の記事なんか興味がないってことの当てつけで、本が白紙だなんて言うんじゃないわよね」

「そんなわけないだろ」

 今度はこちらが憤慨する番だった。

「それこそ被害妄想だ」

「なによ」

 などと喧嘩をしてみても仕方がないから、ぼくはとりあえず着払いで別の一冊を大澤から送ってもらうよう頼んだ。

「わかったわ」

 大澤は言った。

「おおせのとおり、今度はしっかり中面を確認してから送るわ」

 皮肉っぽくそう結び、会話は終わった。



 ところが、少し経って。

 外出しようと玄関へ出たとき、郵便ポストに封筒が入っているのを見つけた。

 なにか本が入っているようなので開けてみると、例の大澤の本であった。さっきの本とまるで同じもので、ちゃんと中面も印刷されているのだ。

 消印を見ると、おとといの日付だ。もちろん、電話のあとに大澤が送ったものではない。

 急いで部屋に戻ると、あの白紙ばかりの本は、どこにも見当たらない。

 机の上にも、書棚の中にもなく、屑籠に入れた本の包みすら、忽然と姿を消していたのである。

 ――この話は、結局、大澤にすることはなかった。

 全容の掴めない話だし、話しても、大澤からなにか嫌味を言われるだけだと思うので……

 そのため、いま私の家には、大澤の本が二冊ある。

 記事の出来は、悪くないと思う。





 了



 

 

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