迎えの車


 友人の結婚式に出席するため、M駅に降り立った。

 駅のロータリーに、里中が待っているはずだ。

 里中は、高校の同級生である。彼女は酒が飲めないので、自家用車で式場に向かう。その行きがけに、ロータリーでぼくを拾ってくれる予定なのだ。

 ところが、その里中が見当たらない。

 もう来てもいい時間なのだ。

 停まっている車もないし……

 里中とは、もう三年は会っていない。だが、多少見た目が変わっているとしても、いれば気がつくはずだ。

 ――と。

 一台のセダンが、ロータリーに入って来た。

 黒塗りの、アウディ・A5スポーツバックである。

 里中か?

 二〇代の女性が乗るにはいささか派手な車だが、運転席には、若い女性が乗っている。ぼくは、一歩二歩と、アウディに近づいていった。

 ところが、運転席も助手席も、遮光ガラスというのか、変に窓が薄暗く、女性の顔がよく見えない。若いようだが、里中だという確信がもてない。

 するうちに、アウディ・A5は、ぼくの目の前を徐行しはじめた。

 このまま停まってくれると思いきや、アウディはぐわんと加速し、そのまま走り去ってしまった。

 どうも、先方も待ち人がいたらしい。ぼくを見て違うと思ったのだろう。

 ぼくは、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。

 里中から連絡はない。

 <じゃ、明日の一一時半に東口のロータリーで>という、昨晩のやりとりが最後なのだ。

 そうしてスマートフォンを見ていると、

「わ」

 急に目の前に車が現れた。

 日産・リーフだった。

 電気自動車であり、エンジンがないためにほとんど音が立たないので、すぐそばまで来ていることに気が付かなかったのだ。

 リーフは、さっきのアウディがそうしたように、ぼくの目の前を徐行しはじめた。里中か?

 リーフの運転手は、これも女性なのだ。

 今度は遮光ガラスではなく、中がよく見えるのだが、悪いことにサングラスを掛けて、おまけにハットを被っている。これでは、まるで人相がわからない。

 それでもぼくの目の前を徐行するということは、やはり里中ではないかと思い、一歩、二歩と近づいてみる。すると、リーフは逃げるように急加速して、そのまま走り去ってしまった。

 なんだ?

 あいつはなんだ?

 だんだんじりじりしてくる中、次にロータリーに入ってきたのは、軽自動車の、ダイハツ・ミラだった。

 ああ、これだろうと思った。

 運転手も若い女性だ。今度こそ里中か?

 ミラは、そろそろとぼくの目の前を徐行して……

 停まった。

 だが。

 ぼくを迎えに来たのではなかった。

 ぼくの背後から、はたちくらいの男の子がぬっと現れ、そのままミラへ乗り込んだのだ。女性はおそらく、彼のガールフレンドなのだろう。ミラは、ブロロロロとエンジンをふかし、遠くに行ってしまった。

 既に、予定の時刻を二〇分過ぎていた。

 どうする?

 少し迷ったが、里中に電話を掛けてみることにした。

 再びスマートフォンを取り出すと、そのスマートフォンが着信を知らせた。

 出てみると、里中だった。

「ごめんなさい!」

 里中は、慌てたようすで、

「あとちょっとで着くから。道が渋滞していたの。ほんとにごめん」

「いいよ、全然問題ない」

「あとちょっと! もう見えてるから」

「了解」

 通話は、それで終わった。

 じきにロータリーに入ってきたのは、黒塗りの、アウディ・A5スポーツバックだった。はじめのと、同じ車種である。

 キュッと停車したアウディから、パーティードレスを着た里中が出てきて、

「ほんとにごめん。そして、めっちゃ久しぶり!」

 はしゃいだ声で言った。

 さっきのアウディと同様、里中の乗ってきたアウディも、前列の窓が薄暗く、中はよく見えなかった。

「さ、乗って。荷物は後ろに置いてね」

「ずいぶん良い車に乗ってるな」

「父親のお下がりよ。それにしても、この駅も久しぶりだわ」

 里中は、駅をぐるりと見回して、

「こんなになんにもない駅だったかしら。ごめんね、こんなところで長い間待たせちゃって。うわあ、ほんとになんにもないわね」

「…………」

 ぼくは、助手席に座り、里中の話に相槌を打ちながら、考えないわけにはいかなかった。

 こんな田舎で、渋滞など起こるのか? 

 現にいま、車はすいすい流れているし……

 腑に落ちない。

 腑に落ちないが、事の真相が幻視ということであれば、むしろこの場合、いくらか救われるような気はするのだった。

 




 了

 

 

 

 

 

 

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