第112話

 

「そのメニューはうちのオススメですよ。お客様にはピッタリかと思います」


 なんて素敵な笑顔で笑うのだろうか。

 この人にオススメされたら、どれでも食べますって言ってしまうんじゃないだろうか。そう思うほど、美人店員さんの笑顔は素敵だった。


「じゃあ、これください」


 そして、案の定、私は『あなたに幸せお届けします』という、メニューなのか、なんなのか分からないやつを頼んだ。

 どんな品が出てくるのだろうか。こんな経験は初めてなのでドキドキしていた。

 

「かしこまりました」


 私から注文を取った美人店員さんは厨房向かって「例のやつお願いー。優しい感じで」と言った。その言葉から、厨房にいる人との親しさが伝わってくる。

 メニューが運ばれてくるまで、私は仕事のことを考えた。

 ハッキリ言って、もうやめたい。やめてしまいたい。でも、怖い。やめた後の自分を想像するのが怖い。だから、やめる勇気が出ない。 

 あんな仕事の仕方を続けてたら、体を壊すのは目に見えている。

 今日だって、疲れが全然取れてない。朝の砂糖たっぷりのコーヒーで無理やり元気にさせてるだけだ。あくびもさっきから止まらない。


「・・・・・・いい匂い」


 不意に甘くて優しい匂いが鼻についた。

 その匂いはこのカフェ全体に広がっていた。私は、その匂いに気が付かないほど切羽詰まっていたのか。

 

「お待たせしました〜」


 美人店員さんが席にやってきた。

 

「こちらが、あなたへのスイーツになります」


 そう言いながら、美人店員さんが私の前に置いたのは、ガトーショコラだった。

 一見、普通のガトーショコラのように見える。備え付けに生クリームがお皿の端に乗っていた。これにつけて食べるということなのだろう。


「これが、私の、スイーツ」

「ごゆっくりご堪能ください」


 美人店員さんはにっこりと笑って、他のお客さんのところは向かって行った。

 私は目の前に置かれたガトーショコラをジーッと見つめた。

 やっぱりどこからどう見ても普通のガトーショコラだ。

 今までに何回も食べてきたガトーショコラと何違うのだろうか。


「とりあえず、食べてみよう」

 

 私はフォークを手に持ってガトーショコラにゆっくりと入れた。

 ふわっ。

 フォークをガトーショコラに入れた瞬間に伝わってくるこの柔らかさ。

 なにこれ!?

 初めての感触だった。そのままフォークで一口サイズに切り分けて、口に運んだ。


「ん!?」


 ガトーショコラは口に入れた瞬間に溶けて無くなってしまった。

 

「・・・・・・こんなガトーショコラ初めて食べた」


 凄く優しい味だった。甘すぎず、苦すぎず。

 これが、さっき言ってた「優しい感じで」というやつなのだろう。

 私はガトーショコラの優しさに包まれていた。

 次は、生クリームをつけて食べてみることにした。

 ふわっふわの生クリームにガトーショコラを一切れつける。そして、それを口に運んだ。


「・・・・・・!?」


 思わず息を呑んでしまった。

 これは、今までに食べてきた、どのガトーショコラよりも美味しい。

 生クリームがガトーショコラの旨味をさらに引き出していた。

 

「幸せだ・・・・・・」

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