第65話
超怒涛のおやつ時を終えて、俺たちは教室で燃えかすのように疲れ果てていた。
俺は自分の机に伏せていた。今日は、空気なるためじゃなくて疲れすぎてだ。ほとんどの生徒が俺と同じようにしている。それほど、おやつ時のお客様は多かった。もしかしたら、休日の『蓮』よりも多かったかもしれない。
そして、俺たちは結果発表を待っているところだった。結果は放送で流れるらしい。陽彩がたまたま投稿したSNSのおかげというべきか、手応えはかなりあったとクラスメイトの誰もが思っているだろう。俺も優勝とはいかなくてもかなりいいところにいるのではないだろうかと思っていた。
『ただいまより、三年生の屋台売り上げ結果発表を行いたいと思います』
放送から女性の声が聞こえてきて、そう言った。
いよいよ結果発表が始まるらしい。
結果なんてどうでもいいと言いたいところだが、あんなに頑張ったんだから、できることなら優勝したいと思っていた。
「みんな~。結果発表が始まるよ~」
このクラスで唯一元気だった陽彩がそう言った。いつも元気な雛形ですら机に伏せているのに、なぜか陽彩だけは元気だった。その理由は簡単だな。だって、陽彩は『蓮』を手伝ってくれてるんだから。いくら『蓮』よりもお客様が多かったとはいえ、陽彩はそれを毎日のようにこなしてるんだから、慣れてて当然だよな。
じゃあ、なんで陽彩と一緒に手伝いをしてる俺が伏せてるからって。そりゃあ、気疲れをしたからだ。普段話すことのないクラスメイトと話して俺は疲れ切っていたのだ。
「翼。そばにいてもいい?」
「ああ。いいぞ」
陽彩が俺の席の前に椅子を持ってきて座った。
どうやら緊張しているらしい。そりゃあ、緊張するか。クレープにしようって言ったのは陽彩だからな。その責任も感じているのだろう。優勝できるかとドキドキしてるんだろう。
俺はそっと、陽彩の手を握った。
「きっと優勝してるさ」
「そうだといいんだけどね……」
下位の方から結果が発表されていった。
俺たちの学年は全部で五つ。五位と四位で俺たちのクラスは呼ばれなかった。
ちなみに俺たちは三組だ。
『続いて第三位 唐揚げを出店した一組です』
三位でも呼ばれなかった。残るは俺たち三組と五組だった。五組は一本百円の焼き鳥をやっていたはずだ。
陽彩が俺の手を少しだけ強く握った。
「大丈夫だって。あんなに頑張ったんだから」
『続いて第二位 焼き鳥を出店した……」
その瞬間、クラスメイトたちが歓喜の声を上げた。
『そして、優勝はクレープを出店した三組です。おめでとうございます」
「翼……」
「よかったな」
「うんっ! 翼、ありがと……」
「俺は何もしてないよ」
「ううん。そんなことない。翼が一緒にクレープ作りをしてくれたから優勝できたんだよ。翼は知らないかもしれないけど、クレープを買ってくれたお客様、幸せそうな顔で食べてたよ」
「そうなのか……」
そういえば、クレープの生地を焼くことに集中しすぎてお客様の反応を見るのを忘れてたな。そっか、幸せそうな顔をしてくれてたのか。その一言が聞けただけで、陽彩に協力してよかったなと思えた。
「ひーちゃん! 優勝だってー!」
雛形と有川が陽彩のもとにやってきた。二人とも目に涙を浮かべていた。陽彩もまた目に大粒の涙を浮かべて嬉し泣きをしていた。
「やったわね。陽彩」
「二人とも手伝ってくれてありがとね」
「親友の陽彩のためなら当然のことよ」
「そうだよ~。ひーちゃんのためなら何でもするよ~」
なんだかとても素敵な友情を見せられている気がする。俺はそれを微笑ましく見ていた。
「獅戸君もありがとうね」
「ありがと! つー君がいなかったら絶対に優勝できなかったよ~。ありがと!」
二人は陽彩の次に俺にお礼を言ってきた。
なんだか、照れくさくなって、俺は二人から顔をそらした。
「あ~。つー君が照れてる~」
「ほんとね」
「翼。そんなに照れなくてもいいじゃん~」
三人がそんな俺をからかってくる。
「もう、いいだろ。ほら、待ってるぞ」
そう言って俺は三人の後ろにいるクラスメイトを指さした。
すると、陽彩がいきなり耳打ちをしてきた。
「この人たちは待ってるんじゃなくて、翼にお礼を言うためにここにいるんだよ」
「そんなわけないだろ……」
「それはどうかな~。みんな、どうぞ」
陽彩が俺の後ろに回り込むと、さっきまで見えなかったクラスメイトの顔がはっきりと見てた。全員が俺のことを見ていた。そして、全員でそろって俺にお礼を言った。
「「獅戸君! ありがと~!」」
俺はどうすればいいのかわからず、助けを求めるように陽彩を見た。しかし、陽彩は笑みを浮かべるだけで助けてはくれなかった。
クラスでずっと空気を演じてきた俺にこんなにもたくさんの生徒がお礼を言ってくれるなんて思ってもいなかった。
さて、どうしたものか。困ったな~。俺は後ろ頭を掻きながらこう言った。
「こちらこそありがと、みんなのおかげだよ」
「そうそう。みんなで勝ち取った優勝だよ!」
そこでようやく陽彩が助け船を出してくれた。陽彩のその言葉にクラスメイト達はまた歓喜の声をあげるのであった。
「なんか、青春みたいだね」
「みたいじゃなくて、どうみてもこれは青春だろ」
俺は何だかおかしくなって笑った。
陽彩もそれにつられて笑った。
まさしく、それは青春だった。この日の思い出はかけがえのない一ページとして俺の心に刻まれたのであった。
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