第5話
翌日、教室内はいつもと何も変わらなった。
どうやら陽彩はうまく誤解を解いてくれたらしい。俺はいつも通り空気を演じていた。昼休憩まで誰も話しかけてくることはなかった。
俺は今日も屋上に向かった。
今日はスイーツを持ってきていない。昨日はいろいろあって、作る気になれなかった。
母の作ってくれた弁当を堪能していると、屋上の扉が開いた。
「翼~。来たよ~」
「ほんとに来たんだ……」
「何? 迷惑なの~?」
「別に……」
迷惑というより、うるさい。
せっかく誰もいない静かなところなのに、陽彩が来たとたんに屋上が騒がしくなった気がした。
「今日はちゃんと弁当を持ってきたのか?」
「ちゃんと持ってきたよ~」
陽彩は手に持っていた赤色の弁当袋を見せてきた。
俺の隣に陽彩がちょこんと座る。そして、弁当袋から弁当箱を取り出して、ふたを開いた。
「弁当箱も赤なんだな」
「赤好きなんだよね~。ほら、私の名前も陽彩でしょ」
あ~。たしかに、緋色って赤色って意味もあったっけ。
「私自分の名前好きなんだよね~」
陽彩は卵焼きを食べながらそう言った。
「でも、漢字が違うだろ」
「もう、それは言わないでよ! 発音が一緒だからいいの!」
「意外と適当なんだな」
「うるさい! 翼こそ、普通に会話できるんだね」
陽彩はなぜか感心したような表情をしていた。
俺は別にコミュニケーションをとるのが苦手なわけではない。ただ、人と話を合わせるのがめんどくさいだけだ。人には人の価値観があって、それを合わせていくのはかなりの気力を使うことを俺は知っている。
「私からしたらそっちの方が意外なんだけど」
「心外な。会話ぐらい普通にできるよ」
「私と初めてしゃべった時は、え、しか言ってなったけどね」
「そんなことはない。ちゃんとマドレーヌあげただろ。会話して」
「あれは、会話とは言いません!」
なぜか陽彩はそう断言した。
「と、に、か、く! 私は自分の名前が好きなの!」
「そういえば、そんな話をしてたな」
「もう! 忘れるな!」
陽彩は俺の肩を軽くバシバシと何度も叩いた。
「そんなことより、ここにいていいのか?」
「そんなことって、ひどい」
陽彩はそっぽ向いて頬を膨らませた。
これだから、だれかと会話をするのが嫌なんだ。
今、陽彩が何を考えているのか全く分からなった。
「私の機嫌を直したかったら、スイーツを寄こしなさい!」
「わるい。今日はスイーツを持ってきてないんだ。それに、神宮司さんの機嫌を直したいとも思わない」
「なっ。冷徹人間! 人でなし! 翼には感情というものがないの! 美少女がこんなに悲しんでいるというのに」
そこまで言われる覚えはないのだけどな。俺にだってちゃんと感情はある。蓮夜のスイーツを食べた時に悔しいと思うんだから。
「神宮司さんが美少女なのはその通りだと思うけど、そこまで言われるとさすがに嫌いになりそう」
「えっ……。ごめんなさい。嫌いにならないで。翼のスイーツが食べれなくなる……」
「そんなに美味しかったのか、俺のマドレーヌ?」
「美味しかったよ! あんなに絶品のマドレーヌ食べたことないもん!」
「そっか。そこまで力説されると照れるな」
俺は陽彩から顔をそらして、卵焼きを箸でつまんで口に入れた。どうやら、卵焼きはどの家庭でも定番の弁当メニューらしい。
「明日は、持ってきてあげるよ……」
「ほんとに!?」
「ああ、さっき神宮司さんを悲しませたし」
「やった~。演技してよかった! あ……」
「演技だったのか?」
「ち、違うもん。ほんとに悲しかったんだから!」
「まあ、どっちでもいいや」
陽彩は拗ねて弁当を勢いよく食べ始めた。
そして、喉に詰まらせて咳き込んでいた。
「神宮司さんって天然? それともバカ?」
俺は陽彩の背中をトントンとしてやって、水筒を渡しやった。
陽彩はゴクゴクとお茶を飲んで一息ついてから叫んだ。
「どっちも違うーーーーーー!」
叫んだ陽彩の顔はなぜか楽しげだった。
実は俺も陽彩とのやり取りが楽しかったりする。
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