第48話 変身魔法
「リリス読んで!」
「分かった分かった」
早く読んでとせがまれた魔王は、隣に座ったイルゼに、丁寧に読み聞かせていく。
「つまりは魔力を全身に渡らせ……ってイルゼ、何しとるのじゃ?」
イルゼは焚き火の前に立ち、「リリス見てて」と言うと、イルゼは目を閉じる。
(なんじゃイルゼの奴、もう出来るというのか)
するとイルゼの姿がもやに掛かったように見えなくなり、5秒程してもやが晴れると、そこには普段と変わらないイルゼの姿があった。
「なんじゃイルゼ。どこも変わっていないではないか」
「ん。よく見て」
イルゼがずいっと顔を近づける。そしてその深紅の瞳でリリスの事を見つめた。
「ね。分かったでしょ」
「うーむ……」
リリスがイルゼのほっぺに手を伸ばし、ふにふにするものの、やはり何が変わったのか分からなかった。
「何が変わったのじゃ」
「むっ、もっとよく見て」
イルゼが自分の額とリリスの額を合わせる。
「これなら分かる?」
「んん……あっ! 瞳の色が変わっておる!?」
「やっと気が付いた。リリス鈍感」
「ぐむむっ!!」
イルゼの瞳の色が藍色からリリスと同じ深紅の瞳に変わっていたのだ。
「リリスとお揃い!」
イルゼがピースをしてニカっと笑い、自分の瞳をリリスに見せつける。雪のような白銀の髪に深紅の瞳はとてもマッチしていて、リリスは「うさぎに似ておるな」とコメントする。
「私はうさぎじゃない! イルゼだよ」
「すまんすまん。して、瞳の色以外も変えられるのか?」
「ん。出来ると思う」
イルゼが再び目を閉じる。
「おおっ!!」
再び現れたイルゼの姿は先程よりも分かりやすく変身していた。
「今度は分かる?」
「もちろんじゃとも、髪の色が黒になっておる!」
「正解」
イルゼが小さく手を叩く。イルゼの髪は白から黒に変身していた。
「これは凄いのう。近くで見ても元が白だったとはまったく分からん」
リリスがイルゼの黒髪を撫で、毛先を弄る。どこからどう見ても立派な黒髪だった。
「ん。でもリリスみたいに長くは出来なかった」
「うむ。確か本にも、髪を長くする事は出来んと書いてあったな」
「そればっかりは仕方ない……」
イルゼはメイク道具と一緒に貰った手鏡を取り出して、変身魔法を使った自分を観察する。
「おっ、おおー!! リリス来て」
「ぬぁっ! 急に掴むでないわ」
リリスを抱き寄せて一緒に鏡に映る。髪と瞳の色を同じにしただけで二人は姉妹のようにそっくりだった。
「ん。エルサとエルナみたい。私たちもそっくり」
イルゼが満足そうに頷く。そんなイルゼを見て、リリスの嗜虐心がそそられた。
「そうじゃのう〜。確かにそっくりじゃが一部分似ていない所があるのではないかー?」
「似ていないところ?」
イルゼが、はてなんの事やらと頭を捻らせる。そして次の瞬間、ハッとした表情で面を上げた。
「リリスのバカ!! アホ!! 嫌いッ!!」
リリスはイルゼの貧相な胸と自分の豊満な胸を見比べてニヤニヤしていた。
イルゼはうあーんと泣きながらリリスの胸元をポコポコと叩く。リリスは「なははははっ!!」と豪快に笑った。
◇◇◇
「ん。魔法解けちゃった」
涙で目をはらしたイルゼの髪と瞳の色は、元の銀髪と藍色の瞳に戻っていた。
「そうみたいじゃの。本には対象者を決めれば他者に対しても使えると書いてあるが出来るか?」
リリスの顔には、余にもやって、やって! という気持ちが滲み出ていた。
「ん。分かった。じゃあリリス目を瞑って」
「うむ」
「そしたら全身の力を抜いて」
「こうか?」
リリスが肩の力を抜き、腕を脱力させる。
「ん。そう。あとは……」
イルゼが近づき、すぐそばで息遣いが聞こえる。そしてリリスは奇妙な感触を覚えた。誰かが自分の胸を触っている気がしたのだ。
「あの、じゃなイルゼ……今何してるのじゃ?」
「ん。リリスの胸を堪能してる」
リリスの脳裏に、幸せそうに胸を揉むイルゼの顔が浮かび上がる。
「イルゼッ!!」
リリスがカッと目を開き、イルゼの頭をむんずと掴む。
「リリス、痛い。離して」
「余は、余は真面目に楽しみにしておったのじゃぞ! それを裏切るとは……」
「リリス。真面目に楽しみにしてるってなに? それにもう魔法は使用済み」
「なに?」
「ん」
イルゼがリリスに手鏡を渡す。そこに映ったリリスの姿は…………。
「余の髪が白に! そして瞳も藍色に変わっておる!!」
「ん。お揃い」
鏡に映った白銀の少女二人はとても顔立ちが似ていた。そしてどちらが姉で妹か聞かれたら、誰に聞いても髪の長い少女が姉で、髪の短い少女の方が妹と答えるだろう。
しかし実際は違う。
二人は同い年であるが、誕生日が早いイルゼの方が年上にあたる。リリスの誕生日はイルゼより一ヶ月遅かった。
「私が姉。リリスは妹」
「そうか、姉はこんなにも胸が淋しいのじゃな……すまんのう妹の余が養分を奪ってしまって」
「んなっ! こんな意地悪な妹はいらない」
「なははっ! そういうでないわお姉ちゃん」
「むっ」
リリスがイルゼの肩を抱き、イルゼがむすっと口を結んだ。
二人はそれから何度も変身を繰り返した。それはイルゼが魔力の使い過ぎで倒れそうになるまで続けられた。
もう真夜中だ。
「疲れた。もう寝る」
疲れて、よろよろと寝床に向かおうとするイルゼの腕をリリスが掴む。
「のうイルゼ、最後に一ついいか?」
「なに?」
リリスは変身魔法を使って、もう一つやってもらいたい事があった。
「本の端に書いてあったのじゃが、人間以外にも変身出来るのか?」
「…………ん。出来ると思う」
「なら今それを……」
「やだ。やんない。もう疲れたから、それに魔力量的にちゃんと戻れるか不安だし……」
イルゼが不安そうに俯く。本気で人間に戻れるか心配してるようだ。
その不安を和らげてやろうとリリスは気楽に声を掛ける。
「安心しろ。もしイルゼが人に戻れなくなったら余がしっかり世話をしてやる。餌はニンジンでよいか?」
リリスが蠱惑的な笑みを向ける。
イルゼの事なら挑発をすれば簡単に乗ってくるだろうという魂胆だったが、それは逆効果だった。
今のイルゼの優先順位は疲れた心身を休める事。つまり睡眠を取る事だった。
なのでイルゼは少しイラッとしていた。
「…………そこまでいうならリリスを変身させてあげようか? え、なにその顔? それは嫌だ? そう、だったらもう寝る。リリスは外で寝て!!」
イルゼはテントに潜り込み、リリスが近づくと猫のように威嚇して追い出した。
「の、のうイルゼ。本気で余を入れないつもりか?」
リリスが尋ねるとイルゼは一言こう告げる。
「ん」
「ん! ではないわ!!」
「おやすみ」
「お、おいぃ!!」
リリスはここに来て意地悪し過ぎたと後悔した。しかし時すでに遅し。
結局その夜はテントに入れて貰えず、リリスはハンモックで過ごすはめになった。
(冬でなくて本当に良かったわい)
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