第37話 VSオメガの使徒 乱入

(終わった……でもなんだか釈然としない)


 デュークの身体は温もりを失い、冷たくなり始める。


「デュークさん……」


 誰かが、ぽそりと彼の名前を呟いた。黒衣の下から静かに涙を流す者もいる。デュークはアルファだけでなく、多くの使徒達にも慕われていたのだ。


「ん。次は誰?」


 剣に付着した血を払いながら、イルゼは淡々と使徒達を見渡す。

 彼等の視線を一身に受け、イルゼは既視感を感じた。


(ん。盗賊の時と一緒)


 違うのはイルゼに対する憎悪の念だった。あの時は盗賊の頭領をあっさり殺してしまった事により、怯える者達がほとんどだったが、使徒達の中で怯えている者など一人もいない。


 元より死を覚悟しているのもあるのだろうが、彼等の中で恐怖よりもデュークを殺された事に対する怒り、憎しみと言った感情が勝っていた。


「剣聖ッ! お前はここで我々が殺してやる」


 彼等の一人が高らかに叫び、毒付きの短剣を構える。


「無理。お前達に私は殺せない」


 イルゼは彼等を油断なく見据えながら、淡々と、それが事実であると教えるように言い放つ。


「時間がないから――終わらせるね?」


 そう言い終えると、イルゼは地面を強く蹴り、蹴られた地面が爆ぜた。そしてイルゼは一気に彼等の元まで近づき、神速の斬撃を繰り出す。


「――なッ!」


 彼等の中でイルゼの姿を捉えられた者は、誰一人、誰一人としてしていなかった。


 たとえ見えたとしても、それは彼女の残像である。


「ん!」


 イルゼが使徒達を容赦なく斬り捨てていき、彼等は為す術なくその命を刈り取られていく。


 デュークとアルファが居なくなった今、毒にさえ注意すれば他の使徒達は怖くなかった。

 そして剣の腕でイルゼに勝てる者はいない。


(でも、数が多い。全然終わらない)


 使徒達の他にも、何人かビルクの部下である冒険者達が加わってきていた。


 激しく抵抗される為、思うように数を減らせない。

 イルゼが億劫そうに剣を振るう。


 「ぎえっ!」「ねぎょ!」と蛙がひしゃげたような声を出しながら、彼等を肉塊へと変貌させていく。


 約半数ほどの使徒達が肉塊に変えられた所で、仲間の無残な姿を見た一人が嘔吐する。


 イルゼは小首を傾げた。


 なぜ、この程度で吐けるのだろうと。


 イルゼは死というものに慣れていた。それは同時に、凄惨な現場を数多く目にしている事を意味する。


 王に命令により、魔族を屠りその死体を目にした時は、確かに気分が悪くなったが、それも初めの内だけだった。


 イルゼは殺した使徒達を見返す。臓物が飛び出し、辺り一面血で染まり、斬られた身体の部位が飛び散り、辺りに転がっていた。


 なんとも乱雑な殺し方だ。これが彼の気に障ったのだろうか?


「ごめん。一太刀で首を落とそうと思ったんだけど……抵抗するから上手く落とせなかった」


 それは見当違いの謝罪だ。


 イルゼは自分の異常性に気が付けない。当の本人は本気で謝罪をしているのだが、使徒達にとってそれは悍ましい何かにしか見えない。


「ば、化け物め」


「化け物? 私は『剣聖』だよ?」


 イルゼは自分の謝罪が全く功を奏していない事に疑問を感じながらも、残りの使徒達を始末しようと愛剣を振り放つ。


 こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていくのだ。早くリリスを救出しなければ手遅れになりかねない。


 その時彼女は、大勢の気配がこの建物めがけて近付いてきている事を知覚した。


(ん。誰だろう? 知っているような知らないような気配)


 まだ距離がある為、微弱だが、イルゼは確かに先頭を走る者の魔力を知っていた。


 魔力はその者の魂に帰属する。魂と魔力は同じ存在であり、いわば第二の自分でもあるのだ。


 普通の人には魔力で人を判別する事は出来ないが、イルゼはある程度、魔力で人を識別する事が出来た。


 そして、その者の魔力が黒ければ黒いほど、その精根が腐ってる者が多いとイルゼは知っていた。


 だからイルゼはアルファは逃し、デュークにも時間を与えた。彼等から湧き出る魔力はまだ完全な黒ではなかったから。


(少なくとも敵じゃない)


 近づいてくる気配に、邪悪な魔力は感じなかった。


 魔族はその身に宿る魔力量で他者の力を測る事が出来、その魔力量が多い者ほど重宝された。


 五百年前、その魔族達の頂点に立っていたのが、“暴虐の魔王リクアデュリス”なのである。

 

 そしてだいぶ距離が近づいた事により、先頭を走る人物がルブである事が分かった。


「ん。ルブか」


「イルゼ! 助けに来たぞ……ってええー!! なんだよこの死体……あ、これがあいつが言っていた嘔吐する者が多く出た現場って奴か、後処理は役人と衛兵達の役目だが……これには同情するぜ。俺は勘弁願いたいな」


 ルブは役人が言っていた、盗賊達の惨殺死体の話を思い出す。あれもイルゼがやったとは聞いていたが、これほどのものだとは思わなかった。


 その可憐な外見からは想像出来ないほどの残虐性である。


 この光景を見て、イルゼの事を良く思わない者が出てきてもおかしくないと思うルブであったが、意外にも、イルゼに対して嫌悪感を露わにしている者はいなかった。

 それどころか、こいつらは殺られて当然といった顔をしている。


 ギザギザ頭の冒険者がイルゼに話しかける。


 彼はイルゼにお菓子をあげた一人だ。


「イルゼちゃん。ここは俺たちに任せてリリスちゃんの所へ行きな。詳しい事情は知らねえがリリスちゃんが危ない状況なんだろ?」


「ん。リリスがリリスじゃなくなるかもしれない」


「そうか、そいつは大変だ。早いとこ助けに行ってやりな、きっとイルゼちゃんの事を泣いて待ってるぞ」


「ん。そうする。じゃあ後はお願い」

「ああ、任せろ」


 彼は八重歯を見せて、にかっと快活に笑った。

 他の者も同様だ。イルゼに心配させまいという気持ちがひしひしと伝わってくる。


 イルゼは灰色の建物に向かう途中「あっ」と言って振り返り、応援に来てくれた冒険者達に向けて「死なないでね」と告げ、彼らはそれに「もちろん」と返答し、イルゼちゃんも死んじゃだめだぞと付け加えた。


 イルゼは驚いたように目を丸くし、「私は死なないよ、リリスと必ず戻ってくるね」と答えた。


 イルゼは無表情ながらも、微かに笑顔が見え隠れしていた。


 イルゼは人に心配されるのは初めての経験だった。


 五百年前のイルゼは五体満足で戻ってくるのが当たり前と人々に認識されていた為、戦場に行く彼女を心配する声は少なかった。


 「お疲れ様」という言葉はあっても「必ず生きて戻れよ」、「危なかったら自分の事を第一に考えて大切にしなさい」などという言葉の類を掛けられた事はあまりなかった。


 それだけに驚いた。


 こんなにも多くの人に心配をされたからだ。


 ルブは彼等のやりとりをみて、まじかよと呟く。誰も彼女がやった事に対してコメントしないのだ。「嘘だろおい……イルゼちゃんが一人でやったのか?」などという言葉が上がってもおかしくないというのに。


(こいつらがおかしいのか、それとも俺がおかしいのか……いやその両方か。俺もこの光景を見てもイルゼに対し何も言えなかったし、ただ無事で良かったという想いだけが真っ先に浮かんだ)


 俺も重症だなと、ルブは頭の後ろを掻き、使徒達を見据える。


 イルゼによると短剣には毒が塗ってあるらしいから注意して戦わなければならない。


「お前ら、毒には注意しろよ。そしてこいつらにランドラの冒険者の力を教えてやろうぜ!」


 「おお〜!!」と大きな歓声が上がり、使徒達に向かって一斉に走り出す。


 その勢いに気圧された使徒達は、その出鼻を挫かれる。


「ぐはっ!!」


「まずは1人目!」


 冒険者の1人がその巨体を駆使した斧で使徒を薙ぎ倒す。


 勢いに乗った冒険者達は次々に使徒達へと襲いかかる。


「死ねッ。冒険者ども」


 使徒の一人が爆散し、爆風がルブの頬を撫でる。


 使徒が自爆する事をあらかじめ知っていたルブ達は適度な距離をとっていたため、爆発に巻き込まれる事は無かった。


「誰も死ぬんじゃねえぞ! 死んだら俺たちの姫さんが悲しむぞ」


「「「おおーー!!!」」」


 イルゼが涙を流して悲しむかは別として、イルゼもリリスもそこそこ彼等に対しては好意的なので一緒になって哀悼してくれる事だろう。


 彼等の中にあるのは、イルゼとリリスの為に、誰一人欠けることなく制圧することだった。



 その後、使徒達は抵抗も虚しくルブ達に討伐され、生き残った何人かは捕虜として捕まる事になった。


 捕らえた捕虜の中にリリスを誘拐したビルクの部下も混ざっていたが、当の本人はいなかった。


「よし、死んだ奴は誰もいないな」


 爆発により怪我を負った者はいるものの、命に別状はなく。毒による負傷はゼロであった。ルブ達は宣言通り誰一人欠けることなく戦いを終えた。

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