第32話 目指すべき場所 そしてアルファ

(私は目覚めてから、その殆どの時をリリスと一緒に過ごした。だから、分かる。リリスが何処にいるのか)


 イルゼはリリスが不可解な行動を示し、魔剣を持った少年と出会い、戦ったスラム街へと急いでいた。


 戦闘の最中に感じた不穏な気配は、あの時からすでに、いやもっと前からずっとイルゼ達の事を見ていたのだろう。


 そして、静かに機会を窺っていたのだ。イルゼとリリスを引き離し、リリスを魔王として覚醒させるチャンスを。


 完全なる”暴虐の魔王リクアデュリス”を降臨させる為に。



 リリスが魔王となって、街を蹂躙する姿がイルゼの脳裏を過ぎる。


「そんな事……そんな事――私が絶対にさせない!!」



 ズザザザザザッ!! イルゼが急ブレーキをかけて止まる。


 スラム街へと続く、仄暗い道がイルゼを誘っていた。


「ふぅぅぅぅーーーーリリス今行く!!」


 イルゼは剣を抜き、大きく息を吐いた後、路地裏に足を踏み入れ、リリスがいるであろうスラム街へと疾走した。


◇◇◇


「確か……ここ」


 ここまで来る道中、オメガの使徒に襲われなかった事にイルゼは不安を覚えていた。もしかしたら自分の直感が間違っているのかもしれない。リリスはここにいないのかもと。


 しかし、ここまで来たからには後戻りして別の場所を探す時間はない。こうしている間にもオメガの使徒は着々と準備を続けているのだから。


 一刻も早くリリスを助け出さねばならない。


 ――助ける? イルゼは自分の言葉に引っ掛かりを覚えた。


(私は『剣聖』。今はリリスの事を監視し、有事の際には殺す役目を担っている…………リリスが魔王として覚醒し、覚醒したリリスを殺せば私は自由? ううん、だめ。二人で故郷に行くんだ。それにリリスは出来る限り殺したくないし、このまま人間のままでいて欲しい……たとえ私が本当の意味で自由になれないとしても)


 弱気になるな、前だけを見ろとイルゼは自分を鼓舞し、リリスが覚醒してしまっているかもしれない畏れを振り払う。


「……リリスがおかしくなったのはあの建物を見た時」


 イルゼの目先には、灰色の廃墟が周りの建物の陰に隠れるようにして建っていた。

 

 とにかく確認してみない事には始まらないと、イルゼが一歩建物に近づく、


「ん、中には入れそ…………ッ!」


 と同時に、背後に殺気を感じ思わず上空へと飛び上がる。イルゼの下では、幾多もの矢が飛び交っていた。


(危なかった……あと少し気付くのが遅かったら間違いなく蜂の巣)


 イルゼはそのままクルクルと宙をまわり、アスファルト造りの地面に軽やかに着地する。


「ちっ、報告にあった『直感』って奴か。これだけ殺気を隠していたというのに避けられるとは」


 特別な迷彩で、背後の景色や壁と完全に同化していた使徒が姿を現す。


 イルゼ相手に、一度捕捉されたらもう一度姿を隠して戦っても意味がないと使徒の隊長格は判断したのだ。


 同士討ちの可能性が高まるだけと、部下にも迷彩を解かせ、ぞろぞろと15人ほどの黒装束が現れる。


 普通の相手であれば、たとえ見つかっても再び姿を消し、姿を見失ったターゲットを仕留める戦法なのだが、『剣聖』であるイルゼに、そんな程度の低い芸当は通用しない。


 彼等の姿を見て、イルゼは図書館を襲った使徒達とは言動も風格も結びつかないと感じていた。


「誰? 図書館で会った使徒達とはなんか違う」


 イルゼは一番最初に姿を現した使徒に向かって話しかける。

 王立図書館で見た使徒達とは装いが違った。


 今、目の前にいる使徒達の方がしっかりとした装備をしている。


「ふっ、その通りだ。我々の隊はあの捨て駒たちとは違う。彼等は量産型の手駒にしか過ぎない。実際、魔王様の為なら死も厭わない自爆要員だったろ? 我々こそ『オメガの使徒』の一端を担う24部隊の一つ。アルファ隊だ」


「アルファ隊? それに女の人?」


 アルファ隊と名乗った年齢不詳の彼……いや彼女の手にはお遊びで使う弓とは違う、業火を彷彿とさせる精緻な作りの緋色の弓矢を手にしていた。


「ふむ、私の声はよく男っぽいと言われるのだがよく分かったな。そうだ、私はこの隊を率いる部隊長のアルファだ」


 少し恥ずかしそうにしながらアルファはベールを脱ぐ。赤い髪に整った顔立ちをしており、男勝りな部分があるが頼れるお姉さんといった印象を受ける。


 側から見れば、危険な組織の部隊長をしている人物とは到底思えない。


「流石は剣聖といった所か、私が女だと見抜くとは」


 全身を黒衣で覆っている為、顔は隠れて見えなかった。なので初めて会ったときにはよく男に勘違いされるアルファにとって、初見で女だという事を見抜いたイルゼに新鮮さを感じていたのだ。


「…………アルファがここにいるならリリスもいるんだね」


「さてどうだろうな」


 アルファがイルゼを小馬鹿にするようにひらひらと手を振る。


 そんな戯けるようなアルファの態度から、リリスは十中八九ここにいるのだと確信した。イルゼは四方八方を敵に囲まれていながら「あってて良かった」などと声を漏らす。


 自分達の事など眼中にないようなイルゼの反応に、精鋭部隊である彼等は憤りを感じていた。


 使徒達はゆっくりと得物を構えてイルゼに詰め寄る。


「そこを通して」


「残念ながら、『剣聖』であるお前を通すわけにはいかない。魔王様の復活まで足止めさせてもらう」


「私の事を殺せるとは思っていないんだ」


「そこまで自惚れてはいない」


 アルファが下がると、一際ガタイのいい長剣を掲げた使徒が前へと躍り出た。


「頼むぞ」


「ああ」


 遠距離攻撃型であるアルファは、後方で指揮を取りながら援護するつもりのようだ。


「邪魔するなら、みんな殺す。手加減はしない」


 剣を構えるイルゼからは、早くリリスの元へ行きたいから邪魔するなという魔王の覇気並に恐ろしい殺気を放っていた。


 それに対し彼も真っ向からイルゼと相対する。


「我々も退くわけにはいかない。たとえここで死んだとしても魔王様の為になるのなら本望だ」


「そんな事してリリスが喜ぶとは思えない」


「リリス? 魔王様をそのようにお呼びするとはなんともけしからん。あの方の名前は暴虐の魔王リクアデュリス様だ。それ以外の名前などありえん」


 彼等はイルゼとリリスのやりとりを知らないのだから、自分が仕える主君が見下されていると思って当然であろう。


 普通は魔王の名前を省略しないし、魔王の事を愛称で呼んだりもしないのだ。


 彼等の中のリリスは”暴虐の魔王リクアデュリス”なのだから。


「む、お前話通じない」


「同感だな。さっさと始めよう」


 互いに分かり合えないと再確認し、イルゼと使徒は互いの長剣を構える。


 それを合図に周りを取り囲んでいた使徒達も一斉に牙を剥いた。


「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!」


「死ねぇぇぇぇぇぇぇ剣聖ィ!! 魔王様の為にぃ!!」



「「「魔王様の為に!!」」」

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