65 あなたにだけ①
凰和が中途半端に指輪がはまった手を伸ばしてきた。義一も必死に腕を伸ばした。足が地面を掻き、ふたつの手は空をから回る。引きずられる足がわずかに浮いて義一は無念を叫んだ。
その時背中から突風が吹いて体がかすかに押し戻される。気づけば凰和の手が手首をしかと掴み、彼女は突き出た禍ッ日之神の足に自らも貫かれながら義一を引き寄せ頬を包んだ。
「私の旦那様は連れていかせません。今はまだ、私のもの……」
言葉尻は重なった義一の唇に吸い込まれた。義一も無我夢中で凰和の体を掻き抱いた。息かそれとも瘴気にか、苦しげな声が凰和の鼻を抜けたが義一は手を離さず、角度を変えて唇を深く求めた。
するとどこからか狐と鳥のかん高い鳴き声が響き渡り、無数の人々の低いささやき声が憐れに尾を引いて遠ざかっていく。凰和の甘えた吐息を合図に唇をほどくと、あたりには青い炎の羽を持ったチョウが何羽も飛び交っていた。
「あのおぞましいほどの瘴気が一瞬で浄化されるなんて……」
唇に手をあて凰和自身さえ驚いている様子に、義一は冗談めかしてこう言った。
「愛の成せる技ってやつか?」
さっと頬を押さえてもじもじとうつむく凰和の耳は、またハッとするほどの熱を帯びているのだろうか。その熱にせつな触れた手がうずく。もう一度、と髪から覗く耳を見つめる義一の視界にひょこりと友仁が割り込んできた。
「今こそ警察呼ぶべき顔してるぞおっさん」
「おまっ! 体だいじょうぶなのかよ。つうか、夫婦のことはもしかして」
「今正式になったんだからそれでいいんじゃね? それに瘴気ならだいぶ薄まったよ」
「足一本は確実に持っていってやった、と凰和様が仰っています」
「いや言い方」
虫も殺せなさそうな笑顔の凰和から転がり出てきた言葉に義一は目元をひきつらせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます