57 神域①
義一は深く息を吸い、鳥居を潜った。その瞬間目の前の景色が変わる。でこぼこの土壁が赤い光にちかちかと照らされていた。振り返ると鳥居脇の電灯もホームの照明もおどろおどろしい赤色になっていた。風の音かわからない不気味な声が前から後ろから聞こえてくる。
まだ三歩も離れていない鳥居に戻ったら景色も戻るのだろうか。それとももう手遅れなのだろうか。背中で友仁が咳をした。ハッと我に返り義一は木刀を握り直す。凰和に会わずに帰るなんて選択肢は考えられない。ならば前へと進むのみだ。
気を取り直す義一の手はしかし、汗で滑ってうまく木刀を握れなかった。
左右の壁が迫ってきているような息苦しさを覚えながら、義一はひたすら前を見て歩きつづけた。前方にはぽっかりと赤い歪な月が浮かんでいた。徐々ににそれが大きくなって月に手が届くかと思った時、義一は開けた場所に出ていた。頭上の土壁は義一の身長よりはるかに高く、左右は二十五メートルのプールサイドくらいはあるだろうか。
広場の中央には池があった。だが水はやけに黒く濁っている。周囲には等間隔にぐるりと石が置かれていた。池の手前に白い人影が見える。凰和だ。間に合った。にわかに湧き上がる喜びのままに義一は凰和の名前を叫んだ。
「え。義一さん……?」
振り向いた凰和の周りにふわりと浮かび上がる青い光の玉が見えた。だが義一はそれよりも凰和の足元で倒れている人物に目を奪われた。不恰好に駆け寄る足を止めてそろそろと近づく。緑と紫のタータンチェック柄のベストの上で白い手を組み、目を閉じている譲慈はただ眠っているようだった。
だが、木刀を捨て、友仁を背中からずり落としながらも譲慈に手を伸ばしてわかった。この人はもう先にいってしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます