48 譲慈社長②

「譲慈社長……!」


 違うんです。すみません。頭に浮かんだ次の言葉たちに愕然として義一はのどが詰まった。謝ることはなにもない。スカウトマンをつづけることの嫌悪も閉塞感もすべて本音だ。何十年も何十人も犠牲を出し、それを隠して世間を欺いてきた社長への疑心も募っている。

 だが譲慈への思いのはじまりは温かいごはんを食べさせてくれたことだ。わけもない寂しさに襲われた夜、眠るまでそばにいてくれたやさしい眼差しだ。

 彼にどれだけ救われたかもわからないのに恩を返しきれるはずがない。譲慈への恩と自分の願いに苛まれ義一は髪をわし掴んだ。


「凰和様。あなた様がお目覚め遊ばせられるこの日を待ちわびておりました」

「譲慈様!?」


 翔の焦った声に目を向けると譲慈が凰和の前にひざまずいていた。どんな相手にも物腰のやわらかな人だが、今まで見たこともない恩人の姿に義一も言葉を失って驚く。譲慈は地面に額をすりつけるように頭を垂れた。


「どうかその御技で私たちをお救いください」


 凰和はそっと身をかがめ差し出された譲慈の頭に手をかざした。その仕草はちょうど義一の体調を確かめるものとよく似ている。凰和が口を開くまでにはしばし間があった。


「……本当に長い間お務めご苦労様でした。どうぞその重き荷を下ろしてください」


 譲慈の肩がぴくりと震えおずおずと顔を上げる。凰和と目が合った瞬間譲慈の震えは止まらなくなり、ワッと顔を覆った。


「ああ。ああ。やっとこの業から解放される。凰和様どうか私の罪を許さないでください……」


 もう見ていられないとばかりに翔が譲慈の肩に手をかけて立たせようとした。しかし動揺しているのか力が抜けたのか、譲慈はなかなか立ち上がれなかった。見かねた凰和がスラックスに包まれた足に手をかざすと嘘のように譲慈は杖もつかずに立つことができた。

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