第385話 松永京は嘆く

「許せませんね。私はあの方のことを、絶対に許せないと思います」


 松永まつなががわざとらしく鼻をすすりながら、天を仰ぐのを里希さときは眺める。

 隅に寄せられた席で、彼は正面へと座る緋山ひやまへと大げさな身振りで、三条管理室での出来事を話していた。


 その口と同様に、実に滑らかに彼の指先は、机に置かれたノートPCとスマホを行き来している。

 相変わらず器用な男だ。

 更にはふざけた態度でふるまいながらも、彼は緋山から必要な情報を確実に聞きだしていた。


 品子しなこの監禁場所は、この本部から車で一時間ほどの場所にあること。

 鹿又かのまたを筆頭に二条の人間が、品子救出のためにすでに本部を出て向かっていることが、緋山の口から語られる。

 それらの話をまとめる一方で、松永は一条としての情報を彼らへと話し始めていく。 


 吉晴きはるが操られていたことに対して、一条全員に責任があるということ。

 しかしながら接触を許されていたのは、それぞれの長と吉晴の秘書であった高辺たかべ十鳥とどりのみ。

 迂闊うかつな発言は、同じく追及をしていなかった長である鹿又や鶴海つるみをも責めることになりかねない。

 ゆえに、そこに触れるのは望ましくないという流れへと、松永は誘導していく。

 この部屋にいる明日人あすとと緋山は、自分達に対し、それほど敵意を抱く存在ではない。

 それもあり、松永の話に異を唱えることもなく、それぞれの情報は共有されていく。


「うん、そうそう。だからそのまま、予定通りに動いてほしいかなってところですわ。んじゃ、お願いしま~す」


 情報の確認をと、松永は並行して浜尾はまおへと連絡を取っている。

 やがて通話を終えた松永は、里希へと視線を向け、大きくため息をついた。

 

「それにしてもですよ。品子様の監禁場所が確定したにもかかわらず、自分達には伝えてもらえなかった。私達の無罪を晴らすためとはいえ、なんてひどい仕打ちでしょう。里希様はともかく、こんなピュアな瞳を持った私を疑うだなんて。……うぅ、しくしく」


 目頭を押さえる松永を、里希は白けた顔で見つめる。

 自分であれば、とうに数発殴って黙らせているところだ。

 だが、相手となっている緋山は、むしろ楽しそうに彼の行動を見守っている。

 治療を行っている明日人も、松永の話に笑みを浮かべ、聞きいる様子を見せているのだ。

 穏やかな雰囲気の中、緋山がたしなめるように松永へと声を掛けていく。


「仕方ありませんよ。清乃様だって、出来ることならお話をしたかったと思い……」

「いや、違うでしょう? この指示を出したのは鹿又様だ」


 先程までのふざけた調子から一転し、冷静な声で松永は問う。

 里希の左腕に触れている明日人の指先が、わずかながらに揺れた。

 松永の言葉は、事実である。

 明日人の動きが、それを語らずとも里希へと伝えてきていた。


 なるほど、この件の主導は二条が握っているということか。

 老練さと貫禄を持ち合わせた鹿又の顔が、里希の脳裏に浮かぶ。

 謹慎に対する報復、あるいはこれを機に勢力の拡大を狙っているのか。

 とはいえ、品子を救出するという目的で自分達は一致している。

 今はそれほど彼に、注視する必要はなかろう。


 しかしながら、松永の鹿又に対する態度は、いつになく厳しいものだ。

 どんな人間にも表面的には温和に接する彼が、鹿又にだけは敵意を隠そうとしない。

 これは、警戒から来ているものなのか。

 それとも相手の思考を読むという特性を持った者同士の、同族嫌悪からくるものか。

 鋭い表情を崩すことのない松永に、緋山がおそるおそるといった様子で声を掛ける。


「あの、松永さん? なんだかちょっと、怖いお顔になっていますよ」


 困惑気味に尋ねる緋山に、松永はくるりと表情を変え、ひとなつこい笑みを向けていく。


「うわ、俺ってば、そんなひどい顔しちゃってましたかぁ?」


 おどけて肩をすくめながら、松永は言葉を続ける。 

 

「まぁ、私達が高辺さん側についているという誤解が解けたなら、それでいっかぁって感じですけどね。あ、でもでも鹿又様の弱点を知っていたら教えて欲しいかも~。ほら、緋山さん知りません? あのいかつい顔なのに、静電気で「きゃっ」って可愛い声出しちゃうとか」


 自分の指先同士を合わせ、「いった~い」とふざけて語る姿に、緋山はようやく表情を和らげる。


「あとあと、パイナップル食べると口がかゆくなっちゃうとかぁ〜」

「いえ、さすがにそこまでは存じ上げておりませんね」

 

 くすくすと笑いながら、緋山は続ける。

 

「私に分かることと言えば、鹿又様達がもうすぐ品子様のいる場所に到着する。それくらいでしょうか」

「あぁ、そういえば自分達が清乃様に呼び出される直前に、鹿又様は監禁場所に向かわれたのでしたっけ?」


 松永の言葉に、緋山は部屋の時計へと視線を向ける。


「えぇ、ですから品子様の元に一番に到着されるのは鹿又様になりますね。もうそろそろ着く頃ではないかと」

「なるほど、ですが二条の方々は情報収集を得意とする一方で、攻撃特化の発動者は少ない。戦闘になり、抵抗してくる輩がいれば、危険な目に遭うこともありそうですが」

「確かにそうですね。なるべく交戦することなく、救出に向かえるといいのですが」


 緋山は目を伏せ、しばし考えこむ様子を見せる。


「監禁先に着くまでに、二条がどれだけ情報を集められるかですね。相手の人数や施設の内部。それらが分かれば、対策も行えそうですが」

「うんうん、おっしゃる通りです。だから私」


 松永は指先で、スマホを軽く叩いてみせる。


「監禁先である施設の周辺の写真と施設館内の地図。先ほどそれらを、鹿又様にお送りしておきました」


 さらりと語られた言葉に、思わず里希は松永へと視線を向ける。

 どういうことだ。

 ようやく二条が見つけ出した場所を、この男はすでに把握していたというのか。

 同じ疑問を抱いた緋山が、松永へと問いかけていく。


「あの、松永さん。それではまるで……」


 答えと言わんばかりに、松永は自身のスマホを緋山へと差し出した。

 真剣な表情で画面を眺めていた彼女からスマホを受け取ると、今度は里希達の方へと近づいてくる。

 里希の正面で治療を行っている明日人にも見えるように、松永は自分達二人へと画面を掲げてきた。

 山の中にあるであろう建物の写真が、そこには映し出されている。 


「これは少し前に送られてきた、浜尾からの写真です」


 スマホの画面を消し、松永は言葉を続けていく。

 

「というわけでですね。もうすでに浜尾は、監禁場所に到着しているんです」

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