EX14 何も変わらないあの子
ふぅ、いい汗かいたなぁ。
私、アスラ、ラウノの3人は帝城の庭で掩体を掘り終わったところ。
掩体というのは、まぁ個人用の塹壕だと思ってくれればいい。
私は身体が小さいので、今はあまり深く掘らなかったけれど、それで十分隠れられる。
「ぼ、僕はどうして穴を掘っているのだろう?」
汗と土に汚れたラウノが掩体から出てきた。
ちゃんと自分の身体が隠せるぐらい掘っている。
「そのうち銃を使った戦闘が主流になると」アスラが言う。「そういう陣地を構築して戦うんだよ」
「そうそう」私が頷く。「身体を隠す必要があるからね。剥き出しで戦ったら速攻であの世行きだよ」
「へぇ。時代を先取りした感じだね」ラウノが言う。「ってことは、そのうちこれも訓練に加わるんだね」
うちも後装式の銃が行き渡ったら掩体掘りの訓練をしなきゃね。
まぁそれはそれとして、前世ぶりに全力で掩体掘ったから少しお腹空いた。
「おにぎり食べたい」と私。
「そうだね。中に入ろうか」とアスラ。
「じゃあエスコートするよ」
ラウノが手を差し出し、私がその手を握ろうとしたのだけど。
「お待ちなさい」少し怒った風にティナが言う。「穴を埋めてから入ってくださいませ」
そして私たちは掘った掩体を綺麗に埋めた。
◇
おにぎりは最高に美味しかった。
それから私たちは《月花》の帝城を散策し、陸軍の駐屯地を見学し、帝都の街をブラブラして、気付いたら夜だった。
現在地は《月花》帝城、その食堂。
かなり綺麗な広い食堂で、利用しているのは特殊部隊《月花》に所属している者だけだとか。
今も数名が夕食を摂っている。
サルメが私を見つけて手を振ったので、私も振り返す。
今日は遊撃してないんだね。
「さぁどうぞ」
アスラに案内された席に座る。
食堂の隅っこの方で、4人がけのちょっと綺麗なテーブルだった。
椅子も他の席に比べると少しだけ高価なものだ。
私の対面にアスラが座って、アスラの隣にティナが座り、私の隣にはラウノが座った。
私はだいぶ、ラウノのご尊顔にも慣れたので、もういきなり抱き付いたりはしないはず。
いやぁ、ラウノって顔がいい上に優しいんだよね。
いきなり抱き付いた私の頭を、笑顔で撫でてくれた。
大人の魅力ってやつだね。
乙女ゲーの攻略対象者でもおかしくないレベルだよ。
「それで感想は?」とアスラ。
「私が見た中で、1番のイケメンだね」
「ラウノのことじゃないよ?」
アスラが苦笑いしながら言った。
「うちの国はどうか、って意味ですわ」
ティナはやや呆れた風に言った。
ラウノは楽しそうに微笑んでいた。
「想像以上に発展してて、更に想像以上に軍事力が強い。いい国だと思うよ」
「ありがとうですわ」ティナが笑みを浮かべる。「褒められると、ぼくの苦労が報われた気がしますわ」
「質問があれば答えよう」とアスラ。
「教育に関して知りたいかな。今、うちではアカデミーを作ろうと思ってるから参考にしたい」
幼年学校に関しては来年から開校可能。
こちらはもうアカデミー入学前の一般教養を教えるだけなので、さほど難しいことはない。
ちなみに、《月花》の学校は見学していない。
「別に特別なことはしてないよ」アスラが言う。「強いて言うなら、うちで生まれた子供たちと、各国で拾ってきた孤児たちに差が出ないようにしてるぐらいかな」
「一般教養と近接格闘術」ティナが補足する。「それから、将来進みたい道への専門教育に力を入れていますわ」
あ、学校で近接格闘術教えてるんだね。
だからグレーテルはみんなそれなりに戦えるって言ったのか。
「アドバイスをするなら」アスラが言う。「最初はあまり多くのコースを立ち上げない方がいい。徐々に増やす感じでいいだろうね。講師の確保も大変だろうし」
「やっぱそうだよね」
うん、やっぱり最初から完璧なアカデミーを作ろうとするのは止めよう。
コースは4つぐらいを想定したのでいいか。
普通科、空挺科、水陸両用科、特務科みたいな。
「君、今絶対に陸軍主体で考えただろう?」
アスラが呆れた風に言った。
私はビックリして目を見開く。
「やっぱ正規軍に入ってた奴は軍を基準にすることが多いね」
やれやれ、とアスラ。
アスラは前世では生まれてから死ぬまでずっと傭兵だった。
正規軍に所属したことは一度もないらしい。
「軍が全てではありませんわ」ティナが言う。「政治にも力を入れた方がいいですわよ? 自分がしんどいですもの」
なるほど!
優秀な人材を集めれば、私が楽できるというわけだね!
じゃあとりあえず普通コース、軍事コース、政治コースぐらいにしておこうかな。
そんなことを考えていると、執事がカレーをカートで運んできた。
そして私たちのテーブルに並べる。
執事ってちょっとカッコいいよね。
私もちょっと欲しいかも。
イケメンの若い執事がいいなぁ。
ラウノの執事姿を妄想しながら食べるカレーは最高に美味しかった。
よし決めた!
今後ローズ公国では食をもっと盛り上げよう!
だからアカデミーに料理コースも追加!
「カレーおかわり!」
私が大きな声で言うと、周囲の《月花》の人たちが生温かい表情を浮かべた。
そしてすぐに執事が新しいカレーと入れ替えてくれる。
「食べながら聞いておくれ」アスラが言う。「ここからが本題なんだけど」
食べながら本題!?
食べ終わってからじゃダメだったの!?
「君は【全能】を使えば長生きできるよね?」
アスラに言われて私はハッとした。
考えたこともなかったけれど、確かに長生きできるかも。
「そういや、アスラたちってみんな若いのなんで?」
前にローレッタがイーナに質問したけれど、明確な答えは返ってこなかった。
「本来の《月花》の関係者にだけ、年齢をある程度操作する権利を与えているだけだよ」アスラが肩を竦める。「方法は割愛。まぁ、若返るだけで年老いることはできないけれど」
ふぅん。
どうやら《月花》は特権階級というわけか。
国家としての《月花》じゃなくて、部隊としての《月花》のこと。
「紛らわしいから名前変えたら? 国の名前」
「賛成ですわ!」
私の提案に、ティナが強く頷いた。
「そりゃいいね。考えておくよ。それより」アスラが急に真剣に言う。「私は将来、世界大戦を目指している。君も参加するだろう?」
私はスプーンを持ち上げようとして、固まってしまった。
え? 何て?
世界大戦?
それは、それはすごく、本当に面白そうだけれど。
私は首を横に振った。
「どうして?」
アスラは意味が分からない、という風に表情を歪めた。
「私は大公だよ? もう傭兵じゃない。私には国民の命や生活に責任があるし、ほいほい苛烈な戦争に参加するわけには、いかない。そっちは違うの?」
逆に言うと、軽めの戦争ならいずれはね?
やりたいよね。
あと、侵略とかされたら余裕で反撃する!
「違うさ。違うとも。うちの連中は、5歳の子供も含めて、みんな戦争で死んでもいいと思ってる。そうでないと、うちの国民になれない。嫌なら出て行けばいい。私らは去る者を追ったりしない。ここは人生の終着点。戦って死にたい連中の、戦うことが大好きな連中の、そういうイカレ野郎どもの最後の砦なんだよ」
ああ、この人は、何も変わらないんだなぁって。
前世のまま。
傭兵だった頃のまま。
でも私は変わらないアスラに納得した。
アスラはもうとっくに成熟している。
たぶん、前世を思い出したその瞬間から、成熟し切っていた。
私とは違う。
「あるいは、それを許容できる人間しか住んでいませんわ」
ティナが補足した。
まぁ、全員が全員、戦闘狂ってわけじゃないか。
「まだ200年近く未来の話だけどね。私らは用意している。もうずっと準備している。どこでそれが起こってもいいようにね。今の私らにとって、最大の生きる目的なんだよね」
笑みを浮かべるアスラはとってもイカレていた。
きっとその未来を想像したのだろう。
うーん。
私だって戦闘や戦争は好きだよ?
でも、アスラの戦争好きと私の戦争好きは質が違うのだと思う。
「まぁ、ゆっくり考えればいいさ」アスラが言う。「君の国はきっと大きくなる。だから、嫌でも参加することになる……かもしれないしね」
可能性はあるね。
まぁ、未来のことは未来の私に任せよう!
今はなるべくラウノのご尊顔を拝み、カレーを食べることに専念するっ!
そしてカレーを食べつつ、私は1つ質問してみることにした。
「神殿勢力がウザいんだけど、アスラたちはどうだった?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます