EX14 何も変わらないあの子


 ふぅ、いい汗かいたなぁ。

 私、アスラ、ラウノの3人は帝城の庭で掩体を掘り終わったところ。

 掩体というのは、まぁ個人用の塹壕だと思ってくれればいい。

 私は身体が小さいので、今はあまり深く掘らなかったけれど、それで十分隠れられる。


「ぼ、僕はどうして穴を掘っているのだろう?」


 汗と土に汚れたラウノが掩体から出てきた。

 ちゃんと自分の身体が隠せるぐらい掘っている。


「そのうち銃を使った戦闘が主流になると」アスラが言う。「そういう陣地を構築して戦うんだよ」


「そうそう」私が頷く。「身体を隠す必要があるからね。剥き出しで戦ったら速攻であの世行きだよ」


「へぇ。時代を先取りした感じだね」ラウノが言う。「ってことは、そのうちこれも訓練に加わるんだね」


 うちも後装式の銃が行き渡ったら掩体掘りの訓練をしなきゃね。

 まぁそれはそれとして、前世ぶりに全力で掩体掘ったから少しお腹空いた。


「おにぎり食べたい」と私。

「そうだね。中に入ろうか」とアスラ。


「じゃあエスコートするよ」


 ラウノが手を差し出し、私がその手を握ろうとしたのだけど。


「お待ちなさい」少し怒った風にティナが言う。「穴を埋めてから入ってくださいませ」


 そして私たちは掘った掩体を綺麗に埋めた。



 おにぎりは最高に美味しかった。

 それから私たちは《月花》の帝城を散策し、陸軍の駐屯地を見学し、帝都の街をブラブラして、気付いたら夜だった。

 現在地は《月花》帝城、その食堂。

 かなり綺麗な広い食堂で、利用しているのは特殊部隊《月花》に所属している者だけだとか。

 今も数名が夕食を摂っている。

 サルメが私を見つけて手を振ったので、私も振り返す。

 今日は遊撃してないんだね。


「さぁどうぞ」


 アスラに案内された席に座る。

 食堂の隅っこの方で、4人がけのちょっと綺麗なテーブルだった。

 椅子も他の席に比べると少しだけ高価なものだ。

 私の対面にアスラが座って、アスラの隣にティナが座り、私の隣にはラウノが座った。

 私はだいぶ、ラウノのご尊顔にも慣れたので、もういきなり抱き付いたりはしないはず。

 いやぁ、ラウノって顔がいい上に優しいんだよね。

 いきなり抱き付いた私の頭を、笑顔で撫でてくれた。

 大人の魅力ってやつだね。

 乙女ゲーの攻略対象者でもおかしくないレベルだよ。


「それで感想は?」とアスラ。


「私が見た中で、1番のイケメンだね」

「ラウノのことじゃないよ?」


 アスラが苦笑いしながら言った。


「うちの国はどうか、って意味ですわ」


 ティナはやや呆れた風に言った。

 ラウノは楽しそうに微笑んでいた。


「想像以上に発展してて、更に想像以上に軍事力が強い。いい国だと思うよ」


「ありがとうですわ」ティナが笑みを浮かべる。「褒められると、ぼくの苦労が報われた気がしますわ」


「質問があれば答えよう」とアスラ。


「教育に関して知りたいかな。今、うちではアカデミーを作ろうと思ってるから参考にしたい」


 幼年学校に関しては来年から開校可能。

 こちらはもうアカデミー入学前の一般教養を教えるだけなので、さほど難しいことはない。

 ちなみに、《月花》の学校は見学していない。


「別に特別なことはしてないよ」アスラが言う。「強いて言うなら、うちで生まれた子供たちと、各国で拾ってきた孤児たちに差が出ないようにしてるぐらいかな」


「一般教養と近接格闘術」ティナが補足する。「それから、将来進みたい道への専門教育に力を入れていますわ」


 あ、学校で近接格闘術教えてるんだね。

 だからグレーテルはみんなそれなりに戦えるって言ったのか。


「アドバイスをするなら」アスラが言う。「最初はあまり多くのコースを立ち上げない方がいい。徐々に増やす感じでいいだろうね。講師の確保も大変だろうし」


「やっぱそうだよね」


 うん、やっぱり最初から完璧なアカデミーを作ろうとするのは止めよう。

 コースは4つぐらいを想定したのでいいか。

 普通科、空挺科、水陸両用科、特務科みたいな。


「君、今絶対に陸軍主体で考えただろう?」


 アスラが呆れた風に言った。

 私はビックリして目を見開く。


「やっぱ正規軍に入ってた奴は軍を基準にすることが多いね」


 やれやれ、とアスラ。

 アスラは前世では生まれてから死ぬまでずっと傭兵だった。

 正規軍に所属したことは一度もないらしい。


「軍が全てではありませんわ」ティナが言う。「政治にも力を入れた方がいいですわよ? 自分がしんどいですもの」


 なるほど!

 優秀な人材を集めれば、私が楽できるというわけだね!

 じゃあとりあえず普通コース、軍事コース、政治コースぐらいにしておこうかな。

 そんなことを考えていると、執事がカレーをカートで運んできた。

 そして私たちのテーブルに並べる。


 執事ってちょっとカッコいいよね。

 私もちょっと欲しいかも。

 イケメンの若い執事がいいなぁ。

 ラウノの執事姿を妄想しながら食べるカレーは最高に美味しかった。

 よし決めた!

 今後ローズ公国では食をもっと盛り上げよう!

 だからアカデミーに料理コースも追加!


「カレーおかわり!」


 私が大きな声で言うと、周囲の《月花》の人たちが生温かい表情を浮かべた。

 そしてすぐに執事が新しいカレーと入れ替えてくれる。


「食べながら聞いておくれ」アスラが言う。「ここからが本題なんだけど」


 食べながら本題!?

 食べ終わってからじゃダメだったの!?


「君は【全能】を使えば長生きできるよね?」


 アスラに言われて私はハッとした。

 考えたこともなかったけれど、確かに長生きできるかも。


「そういや、アスラたちってみんな若いのなんで?」


 前にローレッタがイーナに質問したけれど、明確な答えは返ってこなかった。


「本来の《月花》の関係者にだけ、年齢をある程度操作する権利を与えているだけだよ」アスラが肩を竦める。「方法は割愛。まぁ、若返るだけで年老いることはできないけれど」


 ふぅん。

 どうやら《月花》は特権階級というわけか。

 国家としての《月花》じゃなくて、部隊としての《月花》のこと。


「紛らわしいから名前変えたら? 国の名前」

「賛成ですわ!」


 私の提案に、ティナが強く頷いた。


「そりゃいいね。考えておくよ。それより」アスラが急に真剣に言う。「私は将来、世界大戦を目指している。君も参加するだろう?」


 私はスプーンを持ち上げようとして、固まってしまった。

 え? 何て?

 世界大戦?

 それは、それはすごく、本当に面白そうだけれど。

 私は首を横に振った。


「どうして?」


 アスラは意味が分からない、という風に表情を歪めた。


「私は大公だよ? もう傭兵じゃない。私には国民の命や生活に責任があるし、ほいほい苛烈な戦争に参加するわけには、いかない。そっちは違うの?」


 逆に言うと、軽めの戦争ならいずれはね?

 やりたいよね。

 あと、侵略とかされたら余裕で反撃する!


「違うさ。違うとも。うちの連中は、5歳の子供も含めて、みんな戦争で死んでもいいと思ってる。そうでないと、うちの国民になれない。嫌なら出て行けばいい。私らは去る者を追ったりしない。ここは人生の終着点。戦って死にたい連中の、戦うことが大好きな連中の、そういうイカレ野郎どもの最後の砦なんだよ」


 ああ、この人は、何も変わらないんだなぁって。

 前世のまま。

 傭兵だった頃のまま。

 でも私は変わらないアスラに納得した。

 アスラはもうとっくに成熟している。

 たぶん、前世を思い出したその瞬間から、成熟し切っていた。

 私とは違う。


「あるいは、それを許容できる人間しか住んでいませんわ」


 ティナが補足した。

 まぁ、全員が全員、戦闘狂ってわけじゃないか。


「まだ200年近く未来の話だけどね。私らは用意している。もうずっと準備している。どこでそれが起こってもいいようにね。今の私らにとって、最大の生きる目的なんだよね」


 笑みを浮かべるアスラはとってもイカレていた。

 きっとその未来を想像したのだろう。

 うーん。

 私だって戦闘や戦争は好きだよ?

 でも、アスラの戦争好きと私の戦争好きは質が違うのだと思う。


「まぁ、ゆっくり考えればいいさ」アスラが言う。「君の国はきっと大きくなる。だから、嫌でも参加することになる……かもしれないしね」


 可能性はあるね。

 まぁ、未来のことは未来の私に任せよう!

 今はなるべくラウノのご尊顔を拝み、カレーを食べることに専念するっ!

 そしてカレーを食べつつ、私は1つ質問してみることにした。


「神殿勢力がウザいんだけど、アスラたちはどうだった?」

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