12話 史上最強の名刺
ジェイドとクラリスがガチで消えたということで、城は大慌てだったらしい。
あっという間に治安維持隊や警ら隊、騎士団までもが動いて両殿下を捜索していたと、さっき聞いた。
ここは治安維持隊の屯所。
捕らえた兵士の男を突き出しに来たのだ。
で、ここで迎えを待てと言われたので滞在している。
私たちは屯所の一室で筋トレをしていた。
そうすると、すごい勢いで部屋のドアが開いた。
私たちは筋トレを中断してそっちに視線を送る。
「な、何をしておられるのか?」
60歳前後の男性が、引きつった表情で言った。
「おう、ジイか。俺様は今日からミアの訓練を受けることにしたのだ!」
「アタクシもですわ。今後も狙われるかもしれませんし、鍛えておいて損はありませんわ!」
はっはー!
王族の部下ゲット!
若干の扱いにくさはあるものの、便利は便利である。
そう、あのあと、尋問のあと、両殿下が私の部下になりたいと言ってきたのだ。
どうもローレッタが2人に何か言ったみたいだけど、何を言ったのかは分からない。
「お二人とも、状況を理解しておりますかな?」
ジイと呼ばれた男性は、かなり怒っている様子だった。
頭から湯気が出てもおかしくないぐらい、真っ赤になって怒ってる。
「すでに治安維持隊に全部説明したぞ!」
「お姉様が」
胸を張るジェイドと、補足するローレッタ。
「ええ、ええ、そうでしょうとも、ジイも聞きました。勝手に城を抜け出した挙げ句、連続強盗殺人犯を倒したですと?」
「うむ!」
「だいたいお姉様が」
胸を張るジェイドと、補足するローレッタ再び。
ジイは小さく深呼吸。
「偉い!!」
そして突然、ジイは大きな声で叫んだ。
「実に素晴らしい!! それでこそ王族!! 自分を暗殺しようとしていた者を、自ら葬る!! 実に!! 実に素晴らしい!! 勝手に城を抜け出したお仕置きは、今回はナシでいいでしょう!! それぐらいの功績ですぞ!! 父上もお喜びです!! まぁ強いて言うならば! 近衛兵や騎士を頼って欲しかったところではありますがな!」
興奮のしすぎでぶっ倒れるんじゃね?
そう思うぐらい、ジイの勢いは凄かった。
「上手くいったから良かったものの! 失敗したら死んでいた可能性もありますので!! その辺りは軽くお説教でしょうな!」
「いや失敗は有り得ない」私が口を挟む。「私がいるのに、どうして失敗する?」
私の言葉で、ジイが私に視線を移す。
「……ローズ領の爆発魔王ミア・ローズか……」
ジイが苦笑い。
おい、爆発魔王って何?
私マジで、中央でどうなってんの?
「王子たちを危険の中に連れ出した罪、けっして軽くないぞ? 沙汰は追って申し渡す」
え?
こいつ、ジェイドと私で態度違いすぎじゃね?
ものすごい冷たい視線を浴びせてくるんだけど?
口調も固いし。
さっきまで手放しでジェイドたちを褒めていたジイと同一人物?
思わずマジマジとジイを見てしまった。
いや、落ち着け私。
忘れがちだがジェイドは王族。
態度は違って当たり前か。
「待てジイ! ミアは悪くないぞ!」
「そうですわ! ミアのおかげで、今回の犯人を倒せましたのよ!?」
「ええ、ええ、そうでしょう」ジイは笑顔で言う。「お二人のローズ嬢を使うという判断は実に的確で素晴らしいです! ですが、お二人が消えたことで城は大騒ぎ、多くの人間が動きました。であるならば、責任を取る者が必要でございます」
政治というやつだね!
私にはよく分からないけど!
「ジイ! 俺様が隠れるのはいつものことではないか!」
「規模が違います。王子のお戯れと、本気の行方不明では重さが異なります故」
「し、しかしジイ、それでも、ミアに罪など……な……い?」
「そ、そうですわ! たぶん、ないですわ! たぶん! 家ごと犯人を粉砕したけれど……たぶん、問題……ない?」
両殿下は少し自信なさそうに言った。
ふむ。
ここはローズ領じゃなくて中央だから、私も自信ないな。
私のしたことが合法なのかどうか。
「まぁ私は別に構わんよ? ただ君たち、ちょっと」
私が手招きすると、両殿下が私に寄ってくる。
私は小声で、囁くように言う。
「私を敵にしたら、私の火力が中央に向くけど、いいんだね? キドセンで攻めることになるけどいいんだね?」
私は傭兵だ。
正確には、傭兵だった。
よって、さっきまで楽しく話していた人間を殺せる。
必要とあらば、ってことだけど、殺せてしまう。
「ジイ!! ミアを罪に問うなら、俺様は家出するぞ!!」
「そそそ、そうですわ!! ミアを罰するなど、絶対にダメですわ! ダメったらダメですわ!! アタクシも家出しますわ!!」
両殿下は真っ青になって叫んだ。
「いや、しかし……」とジイ。
「責任なら、隣国の第一王子に取らせればいい!!」
「そうですわ! あと、アタクシは婚約破棄しますわ! お家騒動に巻き込まれたわけですから、問題なく破棄できるはずですわ!」
そう、今回の騒動は隣国の権力闘争なのだ。
暗殺者たちを使っていたのは隣国の第一王子派。
第一王子と第二王子、どっちが次の王になるかで、隣国は真っ二つに割れているのだ。
王子たちの容姿も能力も似たり寄ったりだが、第二王子の方が性格がいいらしい。
だからまぁ、それなら第二王子を次の王に、という勢力が出来上がった。
そしてクラリスは隣国の第二王子と婚約しているのだが、第一王子の婚約者と同格だから選ばれた感じである。
「捕らえた者の証言だけでは、隣国の責任を問うのは難しいでしょうな」
そりゃそうだ。
そんな連中、自分たちは知らない、で通せるのだから。
私だってそうするさ。
「そんな! では姉上を暗殺しようとした大元の連中はお咎めナシか!?」
ジェイドが酷く怒って言った。
隣国の第一王子派は、第二王子が第一王子と同格の妻を娶ることが気に入らなかった。
だから、クラリスと第二王子の婚約を進めた外交官と国家戦略局の局長を暗殺したのだ。
腹が立ってしょうがなかったのだろう。
あまり実利のない暗殺である。
要するに、感情で動いたということ。
で、クラリスの暗殺は実利がある。
第二王子の婚約者が消えるわけだからね。
また次に、同格の婚約者を用意できるかは際どいところ。
「外交ルートを通して、話はするでしょうが、うーむ……」
ジイは顎に手をやって、首を捻った。
ぶっちゃけ、第一王子派は第二王子を直接殺せよ、と思わないでもない。
しかし、権力闘争の真っ最中にそれはまずい。
第二王子の守りは堅牢だろうし、失敗したらそれを皮切りに本格的な内戦にまで発展する可能性がある。
リスクが大きすぎるのだ。
隣国の婚約者、つまりクラリスを狙う方が安全で実利もある、ということ。
「私に任せたまえ。隣国の第一王子に責任を取らせてみせよう。それで、私はお咎めナシでいいだろう?」
私が言うと、みんなの視線が私に向く。
「元々、お姉様に咎などありません」ローレッタが言う。「中央がガタガタ言うなら……」
「わーわーわーわーわーわー!!」
ジェイドがローレッタの言葉に被せて奇声を発した。
ローレッタは不服そうにジェイドを見た。
「ローレッタ、時期尚早だよ」
「はいお姉様」
私が言うと、ローレッタは素直に引き下がる。
「それでローズ嬢」ジイが鋭い視線で私を見る。「どうするつもりですかな?」
「なぁに、簡単なことさ。隣国の第一王子が罪を認めればいい。自分から責任を取ると言えばいい。だろう?」
「……ミアの能力を疑うわけじゃありませんけれど」クラリスが言う。「それはちょっと、難しいのでは……」
「不可能ですな」ジイが頷く。「政治というものを分かっていない。今回の件を認めてしまえば、第一王子はもう絶対に王になれません。それどころか、最悪は牢獄行き。認めるはずがありませんな」
「いや認める。簡単だよ。牢獄の方が幸せだと理解してもらう。それだけのことだよ」私はポケットから名刺を取り出した。「私が直接行ってもいいんだけど、それよりもっと簡単な方法を使う」
私は名刺をみんなに見せようとして、思い留まる。
みんなが不思議そうに私を見る。
「とにかく、任せてほしい。そうだね、20日ぐらいでいいかな」
日数はテキトーである。
深い意味はない。
連中なら20日もあれば十分だろう、って感じ。
私はソッと名刺を仕舞った。
この名刺は見せられない。
だって、我がハウザクト王国では違法な名刺になるから。
その名刺は、別れる時にサルメがくれたものだ。
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