第20話 10月20日

十月二十日の月曜日。

先週と同じく八重、言ノ葉、京子の三人は登校時間より少し早い時間帯に正門をくぐり下駄箱から、校舎に入りクラスへと一直線に向かいそれぞれの机に鞄を掛ける。

「それで、八重くん。この学校に居るって証明できたのかしら?」

言ノ葉は三人きりの教室で、そう八重に切り出した。

先週の放課後、八重は一つの仮説を提示した。

それは、この学校内に『硯言ノ葉』に対するストーカー行為を働いている者が居るというものだったが、言ノ葉は頑なにそれを認めようとはしなかった。

「先週アンタが言ったこと覚えてるわよね?」

八重が言ノ葉に言った事、それは仮説の証明だである。

だが、この学校内に硯言ノ葉のストーカーが居るのであれば、誘いに必ず乗って来るという確信があった。

「では、早速だが言ノ葉、自分の机の中を見てみてくれ」

前の席に座る京子と言ノ葉が自身の机の中を確認してみるが、机の中は先週の帰りと同じ空っぽのまま何一つ変わっていない。

「ねえ、意味わかんないんだけど……」

「意味が分からないか……まぁ無くなっているなら、そうだろうな。種を明かしてしまえば、俺は先週お前が教室を後にしたのちにお前の机の中に手紙を入れて置いた。……誰に宛てた手紙かの説明は要らないな?」

相手が言ノ葉の位置を理解し、尚且つこの学校に通っている人物であるなら、もっと話は単純だ。

持ち物は逐一確認しに来るだろうと、踏んでいた八重は机の中にストーカーに宛てた手紙を、昨日の帰り際に言ノ葉の机の中に忍ばせていた。

「ただ、週を挟んで俺が書いた手紙が無くなっているとなると、これはいよいよ学内の可能性が濃厚となったわけだ」

「ちょっと!なにそれ!私そんなことするなんて聞いてないんだけど!」

「言っていないからな。言えば手紙の内容を確認させろとお前は五月蝿いだろう?」

八重としても特出した事柄書いた訳ではない。

ただ、添削されては奴へ宛てた手紙の効果が半減してしまう。

「当たり前よ!そもそも何の為にそんなことしたわけ!」

「何故と言われたら、相手の所在の確定と威力偵察だ。相手の異常性を知る上で、何かを盗難するというのは一つの指標となりうる。物を与える事が悪い事だと思う人間は少ないが、人の物を取るということは悪いことだということは誰でも理解している。相手は最初お前に対して気分を害する手紙を送りつけ、お前の机の中身を確認し、あまつさえその手紙を取って行った。これは生半可な執着ではないだろう。相手が定規文字を使う理性が残っている内は、きっとお前は安全だが、それが実は紙一枚隔てただけの薄っぺらな安全性だということが、この一件で証明出来た」

「……なるほどね、何の為にやったのかは理解出来たわ。でも!なら尚更私に許可が必要なんじゃないのかしら!」

「この一件に関しては、お前に許可を申請する必要性を感じなかった」

「必要性を感じないって、アンタね!そんな勝手な事されたら私が危ないのよ!アンタ私が狙われてるって本当に分かってるの?」

「あの手紙の内容によって、お前に危害が加えられる確立は限りなくゼロに近い。絶対にゼロとは言い切れない一点に関しては謝罪するが、これは必要なリスクだ」

八重はこの一件に関して譲るつもりがないと理解した言ノ葉は、込み上げる怒りを握り拳の中に抑え込む。

「じゃあ、これだけは答えて。八重くんは手紙を書いたって言ったけど、どんな内容の手紙を書いたわけ?」

言ノ葉とて、被害者になるかもしれない身である以上、状況を知る権利はある。

だが、正当性が言ノ葉にあると知ってなお八重は珍しく、黙り込み首を横に振った。

「それだけは答えたくない」

それはキッパリと、ともすれば子供じみた言い訳だった。

「……はぁ?答えたくないって……アンタねえ!」

大股で乱雑な足取りは威嚇する様に、八重との距離を詰める言ノ葉を京子は後ろから抱きつく事で止めに入る。

「まぁまぁ、落ち着くさね。八重くんが早々迂闊な事をするとも思わないだろうに。そんな八重くんが言わないって事は、それは言っても言わなくても状況が変わらないということじゃないのかい?それに八重くんは言ノ葉ちゃんに協力してくれてるんだよ?そんな八重くんに怒るのはお門違いだと私は思うさね」

「でも!でもよ京子、勝手に行動しておいて!私達に何も話さない!その理由が『話したくない』なんて!こっちだって一言ぐらい言ってやりたいじゃない!」

「おっっおお!落ち着くんだよ!言ノ葉ちゃん!言いたい事も分かるけど、八重くんにも何か考えあってのことかもしれないじゃないかい!ねえ?八重くん?」

抱きついた京子を振り払おうと、暴れる言ノ葉を必死に押さえつつ八重に助けを求めるが、肝心の八重はまたしても首を横に振った。

「いや、純粋に俺が言いたくないだけだ」

「八重くん!?」

「分かった!京子!こういう男なのよ!」

何も話そうとしない八重に言ノ葉が掴み掛かろうと手を伸ばすが、寸での所で京子が止めるという攻防を繰り返している内に他の生徒が登校して来てしまい、結局何も話せず終いで一時限目の授業が始まってしまった。

一時限目、二時限目と時折飛ばされる言ノ葉からの視線に八重は気付かない振りをキメ込みながら四時限目の授業が終了し昼休み。

八重は信吾の姿をいち早く見つけ、呼び止めようとしたが、視線に気付いた信吾は勢い良く席を立ち、早々に何処かへと走り去ってしまった。

「またか……」

口の中で一人呟く。

真夏日の屋上での一件以来どうも信吾と話す時間が取れていない。

毎度の事ながら八重は、仕方なく弁当を持って教室を出て別棟四階、屋上の踊り場の前に向かう。

本校舎を抜け、一階吹きさらしの渡り廊下を歩き、別棟に入り電気が付いていない寒々しい階段を上がっていくと二人の姿が目に入る。

先んじて教室を出て行っていたのは知っていたので驚く事もない。

ただ、空気が悪い。

京子はそれ程でもないが言ノ葉の機嫌がすこぶる悪い。

「言ノ葉、酷い表情で食べているが、余程その弁当が不味いのか?」

「アンタのせいでしょ!アンタの!京子も何とか言ってやってよ!」

「言いたくない事を無理矢理聞き出すのは私の主義じゃないからねえ、まぁ私としても、八重くんが言ノ葉ちゃんのストーカーに宛てた手紙に何を書いたのか、好奇心が無いと言えば嘘になるさね」

チラリと視線を飛ばす京子だが、八重はその事に関しては一切言うつもりはない。

「さて、これからの事を話そうと思う」

「……アンタの話題転換は唐突過ぎて、付いて行けないわ。それで?これからって、八重くんのこれから?それとも私のこれから?」

ストーカーの一件に関して、重要なのはここからの対処である。

そして、ストーカーの一件は今や言ノ葉だけの問題ではなくなった。

「両方だな、俺はこれから何もしない。いつも通りに生活していく。当然いつも通りと言っても言ノ葉の登下校は俺と京子で付き添うのは変わらない。では何が変わるのかと言えば、俺はこれ以上相手の事を調べる事を辞める……というより、もう必要ないだろう」

「それって、ストーカーの正体が分かったってこと?」

「残念だが一つも分からない。だがこれ以上相手を刺激すれば、相手が理性が失って言ノ葉は人の多い場所で襲撃を受ける可能性もある。だからこれ以上は相手を刺激すべきじゃない」

「なによそれ、アンタ自分が数時間前に言った事忘れたの?リスクを負わないと相手が分からないって、アンタが言ったんじゃない!それを……」

「ちょっと待つさね、言ノ葉ちゃん。そもそも悪いのはその相手八重くんを怒るのは違うんじゃないのかい?それに、八重くんも、どうして急に考えが変わったんだい?」

「俺の考えが変わった訳ではない、状況が変わっただけだ」


状況が変わった。

この一件は最早言ノ葉一人の問題ではなくなった。

八重はそれを証明する一枚の紙をポケットから取り出し、二人の前に提示した。

「これ、分かるか?」

それは見覚えのある定規文字で書かれた『近づけば殺す』と書かれたの文字だった。

「これは今朝、お前達とのいざこざの後、俺が自分の机を漁っていた時に見つけたものだ」

その文字は、言ノ葉にとって繰り返しの中で見慣れた文字であり、今最も憎しみを覚えている文字でもある。

「アンタ……もしかして、その手紙に自分の名前を書いたの?」

「ん?よく分かったな、その通りだ。あの手紙には俺の名前を書いておいた。この内容から推察するに、相手はどうやら相当怒っている様子だな」

言ノ葉にとって八重の行動は信じられないを通り越し、怒りすら覚える奇行だった。

逃れたいと思いその一心で八重に協力を求めたのは言ノ葉だが、それでも限度がある。

「アンタ!なにやってんのよ!なんでアンタが!こんな事する必要がどこにあるのよ!相手が誰とも分からないのよ?私みたいに何も分からない内に後ろから刺されてからじゃ何もかも遅いって分からないの!」

「だが、誰かがリスクと伴わなければ誰とも分からない相手を割り出す事は不可能だ。それとも他の代替案がお前にあったのか?」

勢いのまま掴み掛かった言ノ葉だが、静謐に冷えた真っ直ぐな八重の視線が言ノ葉を真正面から捉えている。

「いっ……いい方法なんてないわよ!私が気に食わないのはアンタ自身の事よ!アンタ、自分が危険になるって分かってやったわね?」

「当然だ。ベネフィットとリスクを比べた時求める答えは明白だろう。それにこの手はリスクの分散にも繋がる。俺とお前、相手が狙うとしたら、何方か一方に絞られる」

「一方じゃないさね。私がストーカーなら、邪魔な相手から消すだろうさ。つまり、狙われるとしたら八重くんの方が先なんじゃないのかい?」

八重の考えは京子によって即座に看破された。

当然、狙うとすれば邪魔な八重からとなるだろう。

そして次に言ノ葉が……

だがそうなれば、言ノ葉は事前準備が可能となり、だからこそ八重という前座が必要となる。

「そうだな、この手紙を寄越して来たという事は、相手の第一目標は俺なのかもしれない。だがこれで多少なりもと、時間を稼ぐ事が出来る。そもそも言ノ葉、お前が……」

っと、八重は唐突に言葉を区切り、唇に人差し指を一本立てる。

二人が八重のジェスチャーで黙ると、静かな別棟の階段を上がって来る足音が聞こえて来た。

それは徐々に階段を昇り、屋上手前の三階踊り場の折れ曲がった階段の端から顔を覗かせる。

「お前達、そこで何してるんだ?」

見知った顔を見た瞬間、妙な緊張感から京子と言ノ葉は、深く胸を撫で下ろす。

そこに現れたのは、八重たちの担任である駒沢教諭である。

「先生、驚かさないでくだいよ!急に来たらビックリするじゃないですか!」

「いや、ビックリもなにも、こんな所に人が居ると思わないから、こっちの方がビックリしたんだが……それで、お前達はこんな所で何してるんだ?」

嗜める声色に、眼鏡の向こうから射抜く視線が八重を含めた三人を捉えていた。

「ご飯ですよ、ご飯。先生こそこんな所でなにしてたんですか?」

流石は表面のみ優等生の言ノ葉である。

旗色の悪いと感じた話題を即座に切り替えてみせた。

「先生は見回りだよ、どっかの誰かが、別棟で備品を壊したからな。そのせいで持ち回りで昼休みは見回りに駆り出されてるんだが……」

先週の数学の時間、駒沢教諭が言っていた事を八重は思い出す。

「確か、備品が壊されたんでしたか?何が壊されたんですか?」

「文化祭で使う照明やら、他にも数点だな。まぁ一年に一度の文化祭でしか使わない物ばかりだから、経年劣化っていうのもあるんだろうが……酷い有様だよ。そんな事よりお前達、あれだけ理由なく別棟に近づくなって言っただろ」

ポケットに手を突っ込みながら、ヤレヤレと大きく溜め息をつく駒沢教諭だが、本気で責めている様子ではない。

「今日はいいが、明日からは此処には来るんじゃないぞ」

先生としては普通の事を言ったつもりなのだろうが、京子の表情はみるみる内に不機嫌に塗り変わる。

「それは困るさね。二人は私の作品の手伝いをして貰ってるんだよ。それから、此処は美術部顧問の新垣先生に好きな時に使っても良いと許可を貰ってるさね、もし此処を退かしたいなら、まず新垣先生に話を通すのが筋なんじゃないのかい?」

京子は数々の絵画で賞を取る実力者であり、実績はそのまま彼女の言を尊重する為の説得力足りうる。

そして美術部顧問新垣教諭は学校での古株であり、私立高である本校では古株は年功序列という名の下に大きな権利を得ている。

四、五年前に赴任して来た、別棟見回りを任されている様な駒沢教諭では京子の言葉に押し黙る他なかった。

「それとも、私の作品が終わらなかった責任は駒沢先生が取ってくれるのかい?」

文化祭まで二週間、多くの人間が荒木京子の絵を見に来る文化祭で、その責任を取る事など駒沢教諭には出来る筈もない。

「わかった……だが、あんまり騒ぐんじゃないぞ。あぁ、聞き忘れてたんだが、さっき女子生徒を見かけたんだが、此処に来なかったか?なんだか、こっちを見た途端走って逃げて行ったんだが……途中で見失ってな」

別棟は人気が少なく、大きな足音を立てればその音が別棟中に響き渡る位には静まり返っている。

それに此処は四階屋上手前踊り場である。

駒沢教諭に見つかり逃げた女子生徒が、この逃げ場のない四階へ来れば即座に見つかってしまうだろう。

当然ながら、この三人以外に屋上には誰も来てなどいない。

「……此処にはこの三人以外に誰も来ていませんけど?」

「そうか……誰か怪しい奴を見たら僕に教えてくれ」

駒沢教諭は見回りから疲れを隠せない背中を向け、階段を降りて行く途中でもう一度、振り返る。

「そうだお前達。あんまり人気がないからって、はしゃぎ過ぎるんじゃないぞ、お前達の声下まで響いて来てたからな」

三人は笑顔で踊り場の曲がり角へ消えて行く駒沢教諭を見送り、見えなくなったのを確認すると無言のまま無表情を突き合わせる。

「ちょっと!アンタのせいで私も変人扱いされるじゃない!どうしてくれるのよ!」

言ノ葉がボリュームを極限まで落とした声で八重に言い捨てるが、八重にも言い分がある。

「まて、何故俺が変人という前提で話が進んでいる。そもそも騒いでいたのはお前一人だ。俺も京子も静かに食事を嗜んでいた」

八重が、これまた極限まで声を落とし、京子へ意見を求める視線を飛ばせば会話のバトンを受け取った京子は、スカートの裾を直しながら片方の手に持つ箸の先を言ノ葉へ向ける。

「確かに騒いでいたのは言ノ葉ちゃんだろうけどねえ。ただ、八重くんが変人というのは同意見さね」

「見解の相違だな、変なんていうものは主観的な意見でしかない。俺から言わせればお前達も十分過ぎる程の変人だ」

「あんたねえ、言うに事欠いて!誰が変人ですって!それに私は二人に比べれば全然普通の部類よ!」

「おや、言ノ葉ちゃんだけ常識人ぶるなんて、ちょっと聞き捨てならないねえ。言ノ葉ちゃんは一度自分の行動を見返す機会を設けた方がいいんじゃないのかい?」

「京子こそ絵にばっか青春を費やすなんて、ごく一部の変人のすることじゃないのかしら?」

「絵の事は今関係ないさね!」

と、小声で話していたのも束の間、ヒートアップしていく変人談義に、声のボリュームを気にする余裕などなく、もう一度来た駒沢教諭に注意され結局昼休みが終了した。








ギリギリの教室移動で五限の開始に滑り込み、食後の世界一眠たくなる古文の授業を、半目を開きながらどうにかやり過ごし、次は六限の選択科目の美術である。

移動時間は一五分間。

その間に全ての準備を済ませ、別棟一階にある美術室へ赴かなければないのだが、その道中八重は非常に困っていた。

八重の選択科目は美術。

信吾、言ノ葉、京子の三人は音楽を選択している為、八重が一人寂しく廊下を歩いていると前から歩いて来る駒沢教諭と鉢合わせしたのが事の始まりだ。

そう、それまでは良かったのだ。

生前、八年前の記憶でも、ここで駒沢教諭とすれ違う事はあったと記憶しているし、担任から呼び止められる事もさして不思議ではない。

ただ一点、生前の記憶とズレているのは、担任の駒沢教諭が惚気話を始めた事だろう。

事の成り行きは、四階で言い合いをしていた八重の事情を話したところ、駒沢教諭が深く頷き、今付き合っている彼女の話に飛んでいき、終いには八重が悩みを話していた筈にも関わらず、駒沢教諭の悩み相談に話が転じたのだった。

「それでなぁ、大見。僕は今度そのお付き合いしている人と二人きりで出掛けようと思っているんだが、どうも恥ずかしがりやみたいでなぁ……僕はどうしたらいいんだろうなぁ」

教師として生徒に接する駒沢教諭からは想像もつかない弱気な言葉だ。

「成る程、恥ずかしがり屋ですか……」

正直を言えば、昨日のアメリカの天気ぐらいどうでも良い話題だが、駒沢教諭はクラス担任でもあるため、八重は話を無下に切り上げる事も出来ず返事に窮していた。

「恥ずかしがり屋となると、やはりあまり大人数がいる所は避けるべきでしょうね。例えば映画など如何ですか?話をする必要もないですし、体感として大人数を感じることもありません。それに、見た後は映画という共通の話題で盛り上がる事も出来ます」

早々に立ち去りたいとも思っている訳でもないが、チラリと見た時計は次の授業開始まで残り一〇分を示していた。

「そうか……だがなぁ、今付き合っている女性は他の男性からも言い寄られているらしくてな、本人もその事を気にしてかあまり家から出たがらなくなって、そのせいもあってか、最近じゃ恥ずかしがり屋にも拍車がかかってる気がしてな」

「成る程、今お付き合いされている方が言い寄られて困っていると……なら、先生からハッキリとご自身が付き合っていると言うべきなのかもしれませんね。その言い寄っている相手はお呼びでない事を、先生とその彼女の口からハッキリと伝えるべきでしょう」

閉め切った窓の外では寒々しい木枯らしが吹き抜け、目の前の窓ガラスを微細に揺らしている。

廊下を歩く教室移動の生徒は、立ち話をしている珍しい二人組を遠目に眺めつつ足早に通り過ぎていくのを、八重は内心焦りながら見つめていた。

「でもなぁ……彼女、ハッキリ言えない性格でな。言い寄られても断れないんだよ、こんな時大見ならどうする?」

正直、両親の馴れ初めぐらい聞きたくもない話だが、担任という立場の人間からの相談をのべつ幕無しに否定して回るのも気が引ける。

「成る程……なら、ハッキリと言える先生がその彼女にハッキリと言わなければいけませんね。その上でその彼女の方と先生で、その言い寄っている相手にきちんと話を通してしまうのが、結局一番早いのかもしれません……すみません、選択授業がそろそろ始まるので、また今度にでも、話の続きを聞かせて下さい」

時計を確認すれば、開始五分前となっていた。

駒沢教諭は次の授業を受け持つ単元がないのだろう、時間に頓着した様子は無い。

八重、軽く別れの会釈をしてその場から歩き出す。

彼の言葉が少し気になって階段の曲がり角で八重が後ろを振り返れば、駒沢教諭は誰もない校庭を何かを探す様に眺めていた。

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