第107話

「そうなんです。古城さんの仰るとおりです。以来、花音の心は父親から離れて行きました。自分の気に入った人間には甘く、それ以外の人には厳しく、人を見る目のない父親をどうして信用できますか? 私が花音の立場でも同じでしょう」


古城は、必死で話す花音の母の言葉を、黙って聞いていた。


「それだけではないのです。花音が二十歳になったばかりの頃でした。婿にどうかと言って、東京本社で秘書をしている郷田という人を私達に引き会わせたのです。……花音は怯えきって、死にたいとまで言って泣きついてきたんです。


その後、私は事故にあって、その話は先伸ばしになりましたが、その頃、私は大阪の病院に入院していたので、使っていない中津のゲストハウスに花音の住まいを移すことにしました。……セキュリティ、大げさでしょ? まさか郷田さんが田さん来ることは無いでしょうけど、花音が安心すると思って……。念のために、大友さんにもマンションに住んでいただいてるんです」


母はそう言って淋しく笑った。


「長々とお話してすみません。……なぜ、花音が父親にあんなに怯えるのか、古城さんに知って頂きたくて、家庭内のつまらない話を、お聞かせしてごめんなさいね」


「いいえ」


「アンディ先生に手術して頂くのだから、心配ないと分かっているのですが、大手術でしょ? やはり、もしものことを考えてしまうんです。もし、私が死ねば、花音は一人ぼっちになってしまいます。


主人は、未だに自分のした事が分かっていません。どうして、自分に花音か怯えるのか理解できないようです。だから、きっとまた同じことを繰り返すでしょう。そう思うと、死んでも死にきれません。


主人が花音に紹介する人は、どうも一癖も二癖もある人で……


主人は良い人なんですが、あの人が特に気に入った人は、どうも私たちには合わないみたい……こんな事言うと、……私、可笑しな人に思われてしまいますね」


苦笑いしながら話す花音の母を古城は苦し気な表情で見つめていた。

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