第66話
「賢から話を聞いたとき、すぐには信じられなかったよ。でも賢の資料を見ても他病院での治療方針と大差なく、薬剤の相互作用によるものとも考えにくい。そうなれば新たに投与した薬剤を疑うのはいたって自然だと思った。だから、調べる事にしたんだ。デービッドは血液製剤部門を独立させ新たに設立した新会社の社長でもある。もし、デービッドが関わっているなら、賢の仮説は成立する。薬剤問題で下がった三友の株を、デービットが買い付けていたことも不審だった」
「あの頃の三友の株なんか買っても仕方ないだろうに」
社長が不思議そうに言うと、
「三友ほどになれば、仮に切り売りされても底値で買うことが出来れば、十分、利益が見込めます」
古城が付け加えた。
「インサイダーじゃないか」
「そうなりますね」
社長はフウっと大きなため息をついた。
「だけど、すまなかったなぁ。親父さんの会社をスパイさせる様な事をさせて」
社長は二人を見ながら、深く溜息をついた。アンディは軽く首を振ると話を続けた。
「血液製剤の部門は子会社化されたけど、本社で資料を閲覧できるんだ。改ざんされた形跡があった。で、現場へ行って調べていたらデービットが血相変えて現れたよ。これはクロだと思ったね」
「いよいよ怪しいわけだな?」
社長の問いに、
「大ごとになったから慌ててやったんだろうけど、消した跡は残るものさ。分かりやすく怪しいから、デービットの身辺の調査したら……出てきた。賢の見立て通り、株でやらかしてた。あの大暴落で相当やられたらしい。同年に離婚もしていたよ。所有していた不動産もほとんど人手に渡っていたしね。そして、その翌年に日本で例の薬剤の認可が下りた」
「しかしな、そこまで追い込まれていたなら、アメリカでも何かやっていたんじゃないか?」
「うん。そう思って調べてみた。やってたヨ。でも、アメリカで出した分は副作用の少ないものだった。効果は薄いけどネ。日本にはさらにコストダウンしたものを回したようだ。日本を甘く見ていたんだネ」
「でも、大垣会長が関わっていなければ、ここまでにはならなかったと思うよ。大垣会長のことを失念していたデービッド氏の誤算だったね」
古城の言葉にアンディは笑って、
「じっちゃんはしつこいからね」
「うん」
「こら! お前らは、失礼だぞ!」
二人が笑うと、社長がたしなめた。
「しかし、その後のLCMの対応は素晴らしかったよ。内部の不祥事を認めて、被害に遭った患者の保証や信用を落とした病院の信頼回復を助けてくれた」
「当然だよ。うちを信じて処方されたのに、被害に遭ったんだから。でも、じっちゃんがすでに始めていたけどね」
「だが、LCMも入るとなれば、皆の見る目が違うさ」
社長は、興奮気味に言った。
「あの時、親父さんが背中を押してくれなかったら出来なかった。本当に感謝したよ」
古城の言葉にアンディが反発した。
「親父に感謝~? どうしてさ? 結局、LCMの評価は上がったし、会社は不祥事以前より発展してる。今思えば、賢を三友に送ったのは計算ずくだったんだよ」
不満そうにしているアンディに、古城はたしなめる様に言った。
「デービッドが独断でやった事としてLCMが賠償を免れる選択肢もあったのに、親父さんはそうしなかった。なんでそんなに捻くれてるんだ。親父さんほど器の大きい人はそういない。お前は上っ面しか見てない」
「余計なお世話だ。デービッドのこと親父に話したら、なんて言ったと思う? ”そうか” だけだぞ? 一緒に会社を立ち上げて、新会社も任せて、信用してたんだろ? そいつが薬害を起こしたんだぞ? なんか言うことあるだろ?」
「親父さんとデービッドの経緯は関係ない。害を及ぼす存在になったなら相応の対処をするしかない。お前はLCMの評価が上がったと言うが結果的にそうなっただけで、不祥事は避けるに越したことは無い。親父さんが妨害する気になれば、お前が協力してくれても解決しなかったよ」
「……賢、お前、俺を見くびってるのか」
古城の言葉にアンディがムッとした。
「まあまあ、二人とも落ち着け。わしがこんな話題を振ったのが悪かった。すまんなぁ。もう一杯コーヒー飲むか? わしが淹れるよ」
社長が申し訳なさそうに謝ると、ヨッコラショっと立ち上がりかけた。
「あ、オレが……」
賢が先に席を立ってコーヒーを淹れに行った。
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