第41話

「その事……花音さんは?」


「話していません。もし一人残されるなんて知ったら、どんな気持ちになるかと思うと、恐ろしくて言えないのです」


「分かります……」


「父親は健在なのですが、仕事一筋で一人娘の花音に会社を継がせようと、必死になるあまり、厳しくしすぎて、埋められない溝が出来てしまっています。


主人に悪気はないのですよ。花音のことを可愛いと思っているのですが、花音は父親の側に行くと、怯えて何も言う事が出来ません。


父親の愛というものは不器用で、本当は花音のために会社を大きくして、自分たちが先に逝った後も生活に困らないようにと考えての事なのですが、なかなか伝わりません。


ですから、とても寂しそうですわ。もっとも、私も偉そうな事は言えませんが……」


母はそう言って、悲しそうに笑った。


「あの子が小さい頃は私、仕事に夢中で人任せにしていました。なのに、あの子は私をすごく慕ってくれて。良い母親ではなかったのに……、その上、こんな体になってしまってからは……会社の休みの度に、お見舞いに来てくれて」


古城は、黙って聞いていた。


「それで、初めて会った方に不躾ではありますが、あなたを見込んでお願いがあるのです」


「何でしょうか……」


「私が死ぬとき、あの子の側にいてやって下さいませんか? 娘を残して先に逝かなければならない母の願いです。


一人ぼっちになるあの子を支えてやって下さいませんか。お願いでございます。あなたを慕っているあの子の姿がいじらしくて、無理を承知のお願いで御座います」


母は深々と頭を下げて、彼に何度も懇願した。


「ママ、どうかしたの?」


花音の声に驚いた母は、口をつぐんだが、すぐに優しく微笑みかける。


「ふふ、ママね、古城さんに花音のボディガードをお願いしていたの」


「ボ、ボディガード!?」


花音はびっくりして大きな声を出したが、思いも付かぬ母親の言葉に、古城も驚いたが顔には出さなかった。


「ええ、ママが退院するまで花音一人ぼっちでしょ。何かあった時花音を守ってもらったり、時には相談に乗ってもらったりして頂ければいいなと思って、お願いしていたの」


「……ママ……」


花音にとってママの提案はすごく嬉しいものだったが、いきなりそんなこと言って彼に嫌がられるのではと心配になった。


「でもね、まだお返事頂いていないのよ……」


花音のママは、頭の回転が速く、相手の望みを感じる能力に長けている。そして、思ったことをすぐに行動に移す。それ自体はとてもいいことだが、花音はついて行けなくてハラハラすることも結構あった。今がまさにそうなのだ。


(ママったら、いきなりそんなお願い……もう……)


花音のママは話を続けた。


「だって、ママ、花音のことずっと放っておいてばかりだったし、今も、花音の側にいられないでしょ? だから心配なの」


花音がママの言葉を止めようと肩にそっと手を置くと、ママは古城に向き直った。


「無理なお願いということは重々分かっています」


「ママ!」


ママは花音の手に自分の手を重ねて愛しそうに花音を見つめた。


長い沈黙の後、古城が口を開いた。


「ただ、私は思って下さっているような人間ではありません」


「……ダメ……ですか……」


花音の母は悲しそうに目を細めた。


「ご期待に添えるかどうか……」


「どうか……、娘を守ることも出来ない情けない母親を助けると思って、お引き受け下さいませんか?」


“守ることもできない……”


この言葉は凛を守れなかった古城の胸に突き刺さった。


長い沈黙の後、古城が口を開いた。


「私で良ければ、微力ながらお引き受けします」

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