第37話
花音の母は体を起して、ベッドから窓の外を見ていた。
「ママ、お早う。あ、起きてて大丈夫なの?」
「ええ、今日はとっても調子がいいの! 花音が来てくれる日だと思うと体の中から、不思議と力が出てきて、ほら!」
母は片手を持ちあげて、小さくガッツポーズを作った。
「今日は、奥様、調子がいいみたいで、ずっと窓の外を見ておられたのですよ」
「ママ、今日、キレイね」
「ふふ、とっても調子がいいから、お化粧したの。久しぶりだから……おかしくないかしら?」
花音の母は、古城が来ると大友から聞いて、少しでも見苦しくないように、身だしなみを整えていた。それでも隠し切れない顔色の悪さが痛々しい。
「ううん。キレイよ。ママ」
「そう? ありがとう」
付き添いの小川さんがニコニコ顔で言う。
「母のこと、いつも有難うございます」
花音は丁寧に頭を下げた。
「ね。花音、あの人?」
「えっ?」
「素敵な人ねぇ……。話してた人でしょ?」
母と一緒に窓の外を見ると、駐車場から向こうの庭園まで一望出来た。
彼を見ると、チャッピーが「抱っこ、抱っこ」と立ちあがってせがんでいる。
「優しい人なのねえ、あの気難しいチャッピーがあんなに甘えて! 花音が大好きになるの分かるわ」
母は一目で、彼の事を気に入ったのか、眩しそうに目を細めてその姿を目で追っていた。彼がチャッピーと歩いてる姿はまるで雑誌から抜け出たように美しい。
「お名前なんておっしゃるの?」
「古城賢さんって」
「そう、古城さんとおっしゃるの」
花音の母は、古城と花音の事は大友に聞いておおよその事は知っているのに、初めて聞いたかのように振る舞った。
「ママ、あのね、今日送ってもらえたのは、話の成り行きで……」
「でも、花音は、好きなんでしょ? 古城さんの事」
「え? ……うん。大好きよ、でも……」
「人を好きになるとそんなものよ。嫌われたくなくて臆病になっちゃうから。でも、こんなところまで送ってくださるなんて、花音のこときっと良い子だと思って下さってるのよ」
「ママは、私を褒めてくれるけど……、なんか違う気がするの……」
「大丈夫、大丈夫、ちょっと不器用だけど、花音は思いやりがあるし、言いたいことも言えなくて損もするけど、駆け引きしないし一緒にいて安心できる。とっても貴重な子よ」
花音の母は、愛おしそうに娘の頭を撫でた。
「あ、ほら、花音、見て! チャッピーが甘えてるわ」
チャッピーが、池の畔に座った古城に、尻尾をパタパタ振ってキューと体を寄せていた。
「素敵な人ねえ!」
母は、彼の姿を目で追いながら、ため息交じりにまた言った。
「あ、ママ、私、今日はケーキを持ってきたの。ママと一緒に食べたいと思って!」
「まっ、おいしそう。古城さんもお呼びして、一緒にいただきましょう」
「ケーキね、古城さんに買って頂いたのよ」
「まあ、ほんと! じゃあ、なおさら一緒に頂かないと」
「う、うん、でも……」
さっき古城に断られたので、どうにも気が引ける。花音が迷っていると、
「花音、ママを連れて行って、古城さんにお礼を言いたいし、チャッピーにも会いたいわ。今日は何でも出来そう」
花音の母は嬉しそうに笑った。
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