第31話
「じゃあ、明日の朝、会社に車を取りに行って来るから、それで行こう」
古城の提案に花音は戸惑った。
「あ、あの……それが……」
「なに? ……ああ、車の事だったら気にしないで」
「……車はあるんです……」
「え?」
「……あ、あの、運転は出来ないんですが、実は、免許は持っていて、車もあるんです。……その……、使っていただければ……。あ、エレベーターの前にあるので、すぐわかります。カギ、持ってきます」
花音は大急ぎで鍵を取りに行った。
花音は免許取りたての記念すべき初日に、接触事故を起こしてしまい、それ以来、怖くて乗れなくなってしまった。
事故は自動車同士の小さな接触で、大したものではなかったのだが……、自分でも意気地がないなぁと思うものの、どうにも勇気が出ない。
その後、母が交通事故で大けがを負い、ますます運転するのが怖くなってしまった。今では、運転の仕方も忘れてしまった。それをよく父に責められた。
地下駐車場のエレベーター前に、白のレクサスと黒のベンツが並んでいる。父が花音のために買った車だ。運転は大友さん達に頼らず自分でするようにと、父に強く言われている。
自分のお給料から小回りの利く車の購入を考えたこともあったが、父に当てつけたようになる気がして、悩んだ末、電車とバスで通う事にして、今に至る。
「あの、これ、」
花音は2台のキーを彼に差し出した。
「明日でいいよ」
「あの、でも……」
花音は受け取ってもらえず、マゴマゴしてしまう。キーを持った手は古城の前に差し出されたままだ。
「じゃあ、レクサスで。慣れてるし……」
古城は苦笑しながら、キーを受け取った。そして、ソファーで眠るチャッピーの頭を撫でると立ち上がった。
「じゃ、そろそろ御暇します。明日の朝、何時に来ればいいかな」
「あ、えっ?……もう、帰るんですか?」
「もう遅いしね。……いつも何時ごろに出るの?」
「……7時ごろです」
「じゃあ、その頃に来るよ」
彼が帰ろうとして出口の方へ行く。
「あ、あの!」
「?」
「もう遅いですから、危ないです。こ、ここに泊って行ってください!」
「え? そういう訳には行かないよ」
両手を広げて彼の行く手を塞ぐ花音にきっぱりと言った。
「大丈夫だから、心配しなくても、明日の朝7時に必ず迎えに来るから」
困った顔をして、言い諭そうとするが、なかなか聞き入れようとしない。
「ダ…ダメです。何かあったら大変です」
なぜ、古城が凛の死について教えてくれないのか……、花音は自分なりに考えた。
自分に会った後に亡くなったのかもしれないと思った。そう思うと心配でたまらなくなった。古城も突然いなくなってしまうのではと怖くなった。
「大丈夫だよ」
「危ないです。最近は物騒なんですから!」
「あは、困ったなあ、心配してくれて有難いけど、本当に大丈夫だから……」
「でも……!」
「それにどこの誰かも分からない人間を、女の子一人で住んでる家に泊めるのは感心しないよ」
「知ってます! 私はあなたの事、なんでも知ってます」
花音は必死で言い募る。
「凛ちゃんのお兄さんでしょ? 凛ちゃんにあなたのことたくさん聞いてます」
「でも、僕は凛から、君のこと聞いてないよ」
彼の冷たい言葉に、花音は石のように固まってしまった。
「そんな……、写真見たでしょ。凛ちゃんと一緒の写真……」
花音の瞳から、後から後から涙があふれてくる。
「亡くなった事も突然知って……すごくショックだったのに……」
止まらない涙を花音は手の甲で拭う。
「言い過ぎたよ。ごめん。泊めてもらうよ」
古城は降参したように頭をかいた。
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