第29話
マンションに着くと、迎え出てきた大友に古城が尋ねた。
「すみません。朝、5時ごろにここにおられた女性をご存じですか?」
「はい。……私の娘ですが……」
「そうでしたか、ご迷惑かけてしまったので……これ、渡して頂けますか?」
と言いながらケーキの紙袋を大友に渡した。
「え?」
花音が彼の顔を見上げると、
「朝、チャッピーがあんまり散歩って言うから、公園を教えてもらったんだ。あと、スマホを忘れて出てしまって……。……まあ、部屋に入れてもらった。ごめんね……」
古城が花音にすまなそうに謝った。
(え? じゃあ、このケーキは、ルリ子さんに? 私、ルリ子さんにヤキモチ焼いてたの?)
「どうしたの?」
古城が可笑しそうに花音を見た。大友に呼ばれたルリ子が慌てた様子で走ってきた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
ルリ子は花音を見ると温かい笑顔で出迎えた。
「今朝は、助かりました。お好きだったらいいんですが……」
その様子を見て彼が、微笑んで言った。
「わ! 有難うございます! でも、大したこともしてないのに……」
「ルリ子さん、私もよ。ほら、だから遠慮しないで……」
ルリ子が恐縮していると、花音が自分のケーキを見せてニッコリした。ルリ子はパッと明るい顔をすると、
「ありがとうございます!」
丁寧にお礼を言って受け取った。
「じゃあ、大友さん、ルリ子さん、お休みなさい」
「おやすみなさいませ」
ロビーの時計は10時前になっていた。
「じゃあ、僕もこれで……」
「ケーキ、一緒に食べるって約束しました!」
帰ろうとする古城を花音は慌てて引き留めた。
「え? 今から?」
「はい!」
「もう寝る時間じゃない?」
(うぅ! 子ども扱いされている……)
「じゃあ、部屋まで送るよ」
古城は花音のケーキを持つと、大友さん達に頭を下げてエレベーターに行った。嬉しそうに花音は彼の後をついて行く。二人の後姿を見てルリ子がほほ笑んだ。
「お父さん、素敵な人ねぇ。お嬢様が夢中になるの分かるわ」
「うん。ああいう人と結婚してほしいよなぁ。お嬢様は、ご両親が仕事で忙しいもんだから、小さいころから寂しい思いをなさってたからなぁ……」
大友がしみじみ言った。
「そうよねぇ。あの大きなお屋敷に独りぼっちだもんね。早いものね。……あれから20年にもなるね。奥様の計らいで、主人に先立たれた私を世話係にと呼んでくださって……」
「美優と亜希の年がお嬢様と近かったら、遊び相手にと声をかけてくださったんだよ」
「もう20年以上にもなるんやね……」
ルリ子はそこまで言うと口をつぐんだ。
「お嬢様のお陰でこんな立派なマンションの1階に住まわせていただいて、お仕事までお世話していただいて……。すこしでも恩をお返ししないとな」
「ええ、ほんとに……お父さん」
ルリ子はしみじみ言った。
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