第19話 嗜虐に満ちた魔 その1 改訂版

足音が、暗く長い廊下を進む。

暗闇の中は、妙な異臭が立ち込めていた。壁を見ればまるでここが臓器の中であると思わせる赤い果肉のような皺だらけだ。これを見れば、誰もが怖気がするであろう。


(甘露、甘美、甘味。あぁ、どれで表せば良いかしら…something sweet……。えぇ、これでしょう。)


足音の主は、紅く淡く照らす光体を左手の掌に浮かせていた。すらりとした手足は、艶かしく美術館に飾られる彫刻のよう。長い髪を背中に流して、頭には絵本にいる悪い魔女のような三角帽子を被っていた。

見目麗しい美女だ。

彼女は突如、足を止める。目の前にはおどろおどろしい壁に磔となっている二人の少女達だ。

お使いのシャドウが連れてきた二人組。

美しく伸びた爪で魔女は弱々しそうな片方の少女の絶望の顔を撫でた。爪が食い込んで痛いのだろうか、触れるたびに顔を逃げるようにそらし、涙で赤く腫れた目だけが魔女を見ていた。

瞳に映るのは恐怖。

怯え上がって、カタカタと震えている。

「その子から離れなさい!」

隣のほうから威勢のいい声がして、ゆっくりと横目に見る。恐慌状態というのに勇気があるのか震えながらも魔女の目をしっかりと見つめていた。


(あぁ、良いィィ。すっごく、良い目…。素晴らしい友情だ、それこそ尊ばれるものだ。まったくもって……反吐が出る。)


乱雑にヒールの先で威勢のいい方の腹を迷いなく思いっきり蹴り飛ばす。


「ゔっっ!?かはっっ!?」

「椿ちゃん!?」


鈍い音。内臓を中身を掻き乱すほどの力で蹴って、彼女ははじめ息ができずにいる。そんな荒く息をしては吸えるものも吸えないだろう。

そのような状態の彼女の顎を掴み、目を合わせる。それでも、彼女の目からは反抗的な目を未だに向け続けていた。

これは、なんとまぁ……壊しがいがあるというものと言わんばかりに口元を緩める。 


「あら、痛くなかった?」


鼓膜を撫でるような声でそういうと再び目に光が出た。


「いたくありませんもの…。」


痛みに耐える絞り出したような声。


「そう、それじゃ面白くない…。じゃあ、この子からいたぶろうかしら?」

「え?」


何故?という表情の顔の少女に見せつけるように弱々しそうな少女の腹を彼女以上に何度も乱雑に蹴り上げた。目を見開いて、彼女は痛みに耐えきれず絶叫する。


「やめて!!その子に手を出さないで!!」


みてられないと私の行動を静止することを命令してきた。


「えぇ?貴方は痛みに我慢するから私の大好きな絶叫が聴けないもの。貴方よりか反応がいいこの子の方がいじめ甲斐がある。そうね、私を蹴ってくださいおねぇ様…と言ったらこの子を蹴るのをやめてあげてもいいのだけれど…。」

「つ、椿ちゃん…わたしの…ことは……気にしなくても…だいッじょうぶだから…。」


掠れた声で蹴られた少女は蹴られて血だらけな顔でそう言った。


「この屑ッッ!」

「じゃあ、続きを…「…わかった。」………何が分かったの?」

「それ以上その子に手をあげないで…。お願い…します。私を蹴ってください…おねぇ様…。」

「よくできました。

「だめ、だめだよ椿ちゃんッッがっ!?」


蹴ったところが悪かったのか、少女は目の光を無くしてぐったりとなった。


「あら、まだ話してる途中だった?」

「なんで!?」

「だって、貴方を嬲ったらすぐに根をあげるに決まってるわ。強がっているということは弱さを持っているのと同じことよ?そんな、すぐに崩れるような脆い心ではすぐに弱ってしまう。それより、このこのように我慢して我慢して希望を絶対に捨てはしない…そんな子のほうが………嬲り甲斐があるってものよ?」

「な、何ですって!?」


図星か、怒りに満ちた声色で怒鳴りつける。

しょうがないと肩を落として、椿の正面に立った。


「じゃぁ、私の今からすることに耐えられるかしら?」


笑いながら話し、彼女を煽る。


「当たり前よ!耐えて私のお父様が助けに来るのを待つわ!」

「そう……こうしてもッ?」


長い爪で胸元を切り裂くと白い下着に包まれた胸とシルクのような肌が露わとなった。


「……え?」

「あら、着痩せするタイプ?意外に大きいのね私の好きな大きさだわ。」

顔を近づけて、露わとなった肌を舌で舐める。

「いや……いや…」


先ほどまでの勢いはどこへやら絞り出されたような掠れたような声が彼女から聞こえる。

人の絶望に落ちた時の顔というのは彼女の嗜虐的な感情を生み出して光悦をしていた。

これが彼女の本質であった。

息が、荒れる。

エンジンでも掛かっているのか、首元が熱っされていく。

──あぁ、……これだ。私はいつだって誰かを傷つけることでしか生を実感できない。


苛めて、

          血を眺め、

慰めて、

          涙を舐めて、

弄んで、

          絶望の顔を覗き、



苦痛に顔を歪ませる度に、もっとえづくくらいに蹴り見舞う。

──心臓が早鐘を打っている。

もっと表情を歪めろ!

もっと悲鳴をあげろ!

もっともっともっと、泣き喚いて許しを乞え!!

苦痛に身を捩り……絶望しろ。

そして最後には──。


「ん?」


そこで、彼女の熱は下がっていった。

次の魔女の行動に目を瞑る少女は、あまりに何も起こらなかったために目を開ける。


──何かが、侵入した?


町外れの寂れたボーリング場には多くのトラップが張り巡らせており、一つでも発動すると私に直接伝わるようにしていた。普通の人間がこのような僻地へと訪れないだろう。

となれば、偶々以外の存在だ。

となれば、誰が来たのか明白だった。


「そう、光の御子がもうきたのね。全く今いいところだったのに…。終わったら、相手をしてあげるから大人しく待っているのよ?」







束ねたポニーテールが翻りながら、縦横無尽に黒い閃光が戦場を駆ける。

「はっはっは。凄いな佐倉……」

先程、光の御子となった彼女は与えられた力の使い方を理解したのか圧巻といった動きで次々とシャドウを殲滅していく。彼女の手に持つ獲物は美しい流線型の日本刀。流れるような太刀筋でまるで新体操のリボンのような動きだ。身体能力は元から高いとはいえ、ここまで、光の御子の力に対応することができるのは彼女の長年の武術をしてきたことで培ってきた経験からだろう。


「私も負けられないわ!!」


彼女のスピードについていくようにリーファが取り出した二丁拳銃を取り出したかと思うと踊るように閃光弾を発射し、シャドウのコアを撃ち抜く。

一瞬、二人が交錯したときお互い不敵な笑みを浮かべていた。

その姿は、バディそのものだ。

「す、凄いねリーファちゃんと桔梗ちゃんは…」

「そうだね。もう、リーファと同じように戦えるだなんて驚きだよ。」

──できれば、リーファのような戦闘狂みたいになってほしくないのだが…。

湊は、やれやれとばかりにため息。だが、とう手遅れだと言っても過言ではない。

対して、湊の隣に並ぶ深田は後方支援タイプだから彼女らのように戦闘狂のようにはならないだろう。


「わ、私も頑張らなくちゃ。えいっ」


二人に奮い立たされたのか、手に持つ彼女の身長よりも大きな装飾された杖を振ると一気に数十個の魔法陣が出現して一気に閃光弾を射出した。

それは、何条もの線となって寸分違わずリーファと佐倉の間を通り抜けてシャドウだけを滅した。


「うわぉ。凄いねつぼみ…。」

「なんて、正確な魔術操作…。」


女子三人組が集まってハイタッチでお互いをほめあっていた。

──これ、僕いるか?

杉山さんの号令の元、廃ボウリング場の敷地内に侵入した僕らを出迎えたのは無限のごとく湧いてくる初級シャドウの群れだった。体長1メートルこら3メートルほどの大小様々な真っ黒な人形でそれなりには強い…が、ちょっとした攻撃で簡単に粒子へと変わってしまうくらいは脆弱だ。


「これはまた、面倒な警報システムだねぇ。」


呆れの表情で杉山さんの左手は未だ抜いてすらいない太刀をもち、右手をズボンのポケットに入れて軽くあしらうように迫ってきたシャドウにタイミングよく蹴り上げたり、踵落としなどで殲滅していた。

全くもって、規格外である。

湊がアビゲイルから伝えられたことを思い出す。シャドウはちゃんとした武器を使ってようやく倒すことができるはずである。

だというのに杉山は素手に魔力を流して、それでもっての拳で持ってその体を粉砕した。

ジョン・ドゥも凄かったが彼もえげつない。化け物は、どっちらなのかとついつい理不尽を感じる湊であった。


「うん、でも、あくまで少しの時間稼ぎというものだろう。新人二人の戦闘能力も分かったし、湊くんにリーファくん。僕らはこいつらの相手をするから君たちは先に向こうで被害者の救出を優先だ。」


杉山さんからの指示が戦場で飛ぶ。彼がいるから佐倉と深田は大丈夫だろうと踏み、湊はリーファと目を合わせ、一直線にボウリング場へと向かった。


「「わかりました!!」」

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