第15話 仮面の男 改訂版
隔絶された世界に一人の男が突如として出現した。
砂塵舞う砂漠に降り立った男はその場にそぐわない服装でマントを翻しながら無窮の彼方まで広がる生命の存在を感じさせない静かな砂漠を進む。
その姿は、ある意味神秘的でさえあった。
これを目撃したものがいたのであれば、ここは地球なのかという疑念にかられただろう。
地鳴りが始まって砂が重力を逆らって天高く昇ると一瞬にして宮殿を築き上げる。
その超常現象に何も反応することなく男は、寧ろこの現象をさも当たり前だといった風に毅然と宮殿へ向かった。
両開きになっている正面の魔術術式が厳重に施された扉の前に到着するとゆったりと右腕をあげ、人差し指で直線や弧を撫でるように描く。
ずずずっと擦れる音と共に扉が通行を許可した。
中へ入り、数歩進むと勝手に扉が閉まる。
最奥の扉を開けると誰もいない円卓が広がっていた。その席は全てで12席。
大広間の円卓の一席に男は腰を下ろした。
顔に舞踏会へ行く時に付ける仮面をつけていて、感情らしきものは一欠片も見受けられないが顎を手で摩っているところから思考を巡らせているのだろう。
「ふむ、失策だったな。あの光の御子を始末しようとしたのは…。」
誰もいないはずの部屋で誰かに話しかけるような素振りで仮面の男はとつぜんそんな事を呟くと何処からか返された。
「おや、貴方でもあろうお方が反省ですか?」
いつの間にかに円卓の向かいの席に黒いスーツ姿に身を包み、足を机に乗せた痩せ男が座していた。しかし、仮面の男は驚くこともなく平然としていた。
「ゲイリー、彼女の回収をしたのは助かった。が、確かお前には幾人かのシャドウを連れて霞ヶ関へ向かえと前に言ったはずだが?」
「ええ、それがですねぇ……」
ゲイリーはバツ悪そうに頭をかくと疲れ混じりに報告した。
「待ち伏せていた特戦群に襲われまして申し訳ございません。」
「…なんだと。」
それまで平静としていた仮面の男が始めて驚嘆の声を上げた。しかし、手を顎に乗せると直ぐに思考にふけった。
「どういう事だ。既に数名政府に送り込んで工作をしておいたのだが、やられたのか。」
「ええ、そう見たいですね。数日後に脱税疑惑で起訴されていましたし。敗戦国政府の防諜能力を少しばかり舐めてたみたいですねぇ。まぁ、最近、あなたが起こした例の件で大きな被害を被っていますから、警戒が強いってのもありますが……、あーそれと。」
ゲイリーは帽子を取って埃を払いもう一度被り直すと冷徹な声色に変わった。一瞬のうちに辺りに悪寒が広がる。
「中には光の御子が蜂みたいにブンブン飛び回ってましたよ」
彼の変化をその場で見ていながら仮面の男は平然と手で仮面を撫でる。
「……そうか。なるほど流石アビゲイルと言うべきか、予定よりも早かったな。仕方がない政府の根回しはやめにしよう。彼女は、そろそろかな?」
ポケットから随分と使い古された飾りのない懐中時計を取り出す。
「ああ、そうだな。そろそろのはずだ。だが、良いのか?あんな雑魚に任せて絶対にまた返り討ちに遭うぜ。」
「そうだとしても、あれはもしもの場合の予備品だ。そもそもアレに期待してなどいない、所詮継ぎ接ぎの模倣品だ。何としてでもオリジンを見つけなくては…。」
ちょうどその時壁の時計が鳴った。体に重く響く重厚な音は心地よさを与え、緊張感も呷るだろう。
「あぁ、そう言えば今日だったな。すまない、報告はまた。」
「ええ、後ほどお伺いさせていただきます。ところでどちらへ?」
ゲイリーの声色は元に戻っていた。
仮面の男は立ち上がり、マントを翻すとゲイリーの言葉を無視し、その世界から立ち去った。ドアを閉めた時の高い音が微かに響く部屋に一人取り残されたゲイリーは小さく笑った。
「たく、無視かよ。仮面野郎。……まぁ、本当っとに浮世は面白い。なぁ、そうおもわねぇーか?」
◇
「チキン南蛮にするべきか、冒険するか……それが問題だ。」
食堂の食券売り場にて、陸は神妙な面持ちで睨めっこしていた。相当考え込んでいるらしく脳漿を絞っているのか眉の皺が増えつつあった。
転移して後、トイレでヒヒイロカネくんと戯れあいながら待ったものの、レヴィは一向に反応がなかった。
自分が変に動いたせいで彼女の作戦とやらを練り直しにしているのかそれとも眠ってしまったのかと思ったがそれでも腹の虫は鳴る。
仕方なく、レヴィの返答を待たずに食堂にやってきたのだ。
「あれ?もう着替えて食堂に来てたのか?」
「…まぁな。」
食堂の食券の前で悩みあぐねていた俺に皇が声をかけてきた。
着替えてという言葉に瞬間、戸惑ったがそういえば、昼休み前の授業は体育だったことを思い出す。
そして、ラッキーと背筋を伸ばした。
苦手なドッチボールを逃れられた。
サンキューレヴィという言葉が胸の中で漏れる。
陸にとって、ドッチボールは一番嫌いなスポーツであった。
まず一つに、人にボールをぶつけるという暴力を推進するかのようなゲームルールということだ。ドッチボールは、場所と丸いボールがあればどこでも出来てルールも簡単という利点があるがその実、怪我が多い競技だ。
ルール上顔に当てないようにということがあるが当たるときは当たる。
そして、飛んできたボールを掴もうものなら突き指、骨折が一つの学校に年に3人くらいは出てくる。
今すぐに、文部科学省はドッチボールを廃止することを検討すべきであると本気でそう思っているのである。
「それにしても、椎名さん。今日は一段とエグかったな…」
皇は、食券機に並んでいる陸をスルーして、間に割り込むとお金を投入して食券を手に入れつつ、そんなことを言ってきた。
「ん?なにが?」
「は?お前も一緒にいただろ?ドッチボールで椎名さんが一人で大活躍だったの。」
どうやら、陸がいなかった間にうちのクラスで何やら凄いことがあったらしい。
適当に合わせておこうとそういえばそうだったなと財布から千円札を取り出す。
変に話すとボロが出そうだった。
無論、レヴィの話を信じていないわけではないが存在しているのに存在しなかったという矛盾が生じた時にどういうことになるのかという恐怖があった。
「お前、大丈夫か?徹夜しすぎて頭おかしくなったか?」
「失礼なやつだな。まぁ、疲れているのは事実だけれども…。」
「でも、椎名さんって運動へたっぴなイメージあったけど…。あそこまで凄いなんて…。」
それなりに運動神経がいい皇がここまで褒めるなんて珍しい。相当エグかったのだろう。
「不敵な笑みで男だろうが女だろうが遠慮なくアウトにしていってたからあれ確実に学校中の女子はその凛々しさに惚れたと思うよ。今日は一段と機嫌が良いみたいだったし。」
「へぇー。」
(機嫌がね…そういえば、今朝の授業で椎名に助けてもらったな。あの時のお返しとかしたほうがいいかな…、いや、寧ろ嫌がられるかも)
ふと、ありがとうと返した時に顔を全力で逸らされたことを思い出し、なんとも言えない悲しさを覚える。
「お、お二人さん!お早いですね!」
慣れ親しんだ声がして振り向くと真莉と、噂をすれば…と天の姿があった。
汗を拭って間もないのかフローラルの香りが鼻を刺激する。
「おー、おー、ドッチボールMVP様だぁ。食券機の前をあけたもれー、あけたもれー。」
「ちょっ、は、恥ずかしいからやめてってば!?」
真莉は変な口調で随分と楽しそうにしていた。対して天は、友人の行動に羞恥を隠しきれないでいて顔が真っ赤になっている。
共感性羞恥というやつだろう。
分かるよと心の中で頷く。
皇は時たま、陸が隣にいるのに道端で限界オタクになって周囲から冷ややかな目で見られていることがしばしばあったので同情の目を彼女へと向ける。
「ちょっと待ってくれ、まだ買ってないから。」
「ほいっと!」
真莉が俺の前に立つといきなり手に持つ財布を掠め取って素早い動作で千円札を抜き取ると投入して、さっさとチキン南蛮の券を買ってしまった。
「あぁ!何すんの!?」
「どうせ、チキン南蛮しか食べないでしょ。」
「もしかしたら、ラーメン食べるかもしれないだろ。」
「ないない。俺、お前と友達になってからチキン南蛮以外食べたとこ見たことない。」
皇が手を横に振って俺の言葉を全否定する。確かに、ここ一年はほぼ食堂でチキン南蛮しか食べてないけれども!!
「もういいや。」
「買ったんならどいたーどいたー」
背中を押されて、撤去された陸は仕方なく。食券を食堂のおばさんへと渡しに行った。
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