⑮ 『過去語り②』
メイラ島は小さな島で、特段目を引くものはない。
ルーシアはバルネアからの手紙でそう説明されていた。
だが、週に一、二回あればいいのではと思う、エルマイラム王国本土との連絡船が、毎日二回も出ているのは明らかに異常だろう。しかも、それなりに大きな船が……。
メイラ島と海を隔てたところにある港町に着いたルーシアは、そのまま島までの連絡船に乗ろうとしたのだが、昼前に島に着く船は満席だと断られてしまった。
「……なんだか、すごく嫌な予感がする」
仕方なく次の船を予約したルーシアは、なんともいえない感覚を覚えながらも、この町で時間を潰すことにした。
そして、昼時には適当な店に入って食事をしたのが、味は思ったよりも悪くなかった。
「随分と手が込んでいるわね。味付けが少し濃いけれど、基礎がしっかりしているわ」
これならば、数日前に立ち寄った大きな街のホテルの食事よりもよっぽど上等だ。
「いやぁ、お嬢さん。運が悪かったわね。島に行く昼前の船に乗れなかったんでしょう?」
「えっ? ……ええ。ですが、どうして私が島に行くことが分かったんですか?」
この店のただ一人の店員である白髪の老婆が、料理を食べ終えたルーシアに気安く話しかけてきた。
「だって、貴女のような若いお嬢さんが、わざわざこんな何もない町に足を運ぶ理由と言ったら、一つしか考えられないもの。貴女も、あの島の<小さなしずく亭>の料理を味わいに来たんでしょう?」
「はい? <小さなしずく亭>って……あの、バルネアの……」
そこまで思わず口にしてしまったルーシアに、老婆は嬉しそうに頷いた。
「やっぱり、バルネア嬢ちゃんの料理を食べに来たのね。なのに、こんな店でご飯を食べることになったなんて、可愛そうにねぇ」
自分の働いている店だというのに、酷い言いようだと思う。
「こら、婆さん。儂らの店を、こんな店とは何だ、こんな店とは!」
他にお客さんがいなくて暇なのか、厨房の奥から、頭の禿げ上がったコックコート姿の老爺が出てきた。
「何を言っているんだい、爺さん。こんなくたばり損ない二人で趣味だけでやっている店が、今日まで続けられたのは、みんなバルネアの嬢ちゃんのおかげじゃあないのさ」
「ふん。うちの客を持っていった商売敵だぞ、あの嬢ちゃんは」
「逆、逆。あの嬢ちゃんのおこぼれで、こうしてお客様が来てくれるようになっているんじゃあないか」
老婆はそう言って楽しそうに笑う。
「いえ、このお店の料理は十分美味しかったです。大きな街のレストランよりも味が良いと思いました」
少しサービスもあるが、ルーシアは食べた料理の感想を老夫婦らしき二人に告げる。
「おっ、おお! お嬢ちゃん、儂の料理の味がわかるとは、若いのに見込みがあるわい」
老爺は嬉しそうに笑うが、老婆は「何を言っているんだい」と口を挟んでくる。
「うちの料理だって、ロゼリアちゃん伝いで、あの嬢ちゃんに改善点を教えて貰ったんじゃあないのさ」
「こら、それをお客さんに言うな!」
仲良く喧嘩をする二人を横目に、ルーシアは頭を抱えた。
「何をやっているのよ、あの天然馬鹿は……」
相変わらず自分の想像の斜め上を行くバルネアの行動力に、ルーシアは呆れ返る。
ルーシアの記憶では、ロゼリアと言うのはバルネアの義母の名前だ。だが、義母から頼まれたからと言って、商売敵の料理の改善までするとは、どういうつもりなのだろう。
「……いや、きっと何も考えていないわね、あいつは」
記憶にある少女の、のほほんとした顔を思い浮かべ、あれこれ想像するだけ無駄だと悟ったルーシアは、会計を済ませて店を後にすることにした。
◇
日が傾き始めてきた。
船に揺られること一時間ほどで、ルーシアはメイラ島にたどり着くことが出来た。
船の席は夕方の便も殆ど空きがない状態で、誰もが<小さなしずく亭>の事と、その料理のことを話していた。
リピーターも多いらしく、月に何度も通っていると豪語するお客までいたほどだ。
来たこともない島の地理など分かるはずもないので、ルーシアは他の乗客達の後に付いていく。
もっとも、整備された道なりに進んでいくだけだったので、特段帰り道を気にしなくても良いだろう。
船着き場から少し歩くと、すぐに目的の店は見つかった。
「ここが、あいつの……」
<小さなしずく亭>と書かれた少し大きな看板が、店の前に立っている。
ルーシアは木造のこぢんまりとしたその店の前で足を止めて、外観を確認し、それから中に入って、この店の凡庸さを理解する。
いかにも、小さな集落の唯一の食事処といった感じの、華のない店だ。
テーブルが十と、そこに椅子が四脚ずつ。衛生的ではあるものの、やはり垢抜けしない感が否めない内装。
自分の勤めている<銀の旋律>のような高級店と比較するつもりはないが、あの街の場末の大衆料理店でも、この店よりは華やかだと思う。
だが、この店は大いに繁盛しているらしい。
他所からわざわざ足を運んで食べたいと思わせる魅力が、この店にはあるのだ。
「お待たせしました。お席へどうぞ」
年配の女性給仕に案内を受け、ルーシアは窓際の席に案内される。
「こちらが本日のメニューです。ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」
席に着くと、サービスだというレモン水の入った木のコップが給仕され、メニューを渡される。
ルーシアはそれらを受け取り、料理を確認する。
品目もお世辞にも多いとはいえないし、料理もありふれたものだ。
その中に、『本日のオススメ』と書かれていたので、それを注文しようと思い、ルーシアは忙しなく動いている先程の給仕の女性に声をかけようとしたが、目が合うと彼女の方から笑顔で近づいてきた。
「お決まりでしょうか?」
「ええ」
そう言ったものの、ここで一つ妙案が浮かび、ルーシアは注文内容を変更することにした。
「この店のバルネアシェフに伝えて頂けるかしら。ルーシアが来たと。そして、私を唸らせる料理を出して見なさいと」
「えっ……。あっ、はい。お伝え致しますので、少々お待ち下さい」
少し驚いていたものの、給仕の女性は笑顔で一礼し、厨房に向かって足を進めていった。
「接客に慣れているわね。もう少し慌てるかと思ったのだけれど」
突拍子もない注文であるにも関わらず、こうして対応できるのはいいことだ。
「それにしても、男性の姿がないわね」
裏方には男性従業員もいるのかもしれないが、目に入るのは、歳もバラバラの女性ばかりだ。何か意味でもあるのだろうか?
手持ち無沙汰なのと喉が渇いていたため、ルーシアはレモン水を口に運ぶ。
レモンの香りが丁度いい。鼻孔をくすぐる程度の爽やかな香り付けは好印象だ。
「お待たせしました、ルーシア様。当店のシェフからの言伝です」
先程の給仕の女性が戻ってきて会釈する。
どんな言葉か続くのかと少し期待していたルーシアに、給仕の女性は告げた。
「『楽しみにしていて、ルーシア』とのことです」
満面の笑みを浮かべて伝えられた言葉に、ルーシアは口の端を上げる。
「それでは、また何かありましたらお呼び下さいませ」
慇懃に礼をして他の仕事に戻る給仕の女性に感謝の言葉を告げ、ルーシアは久しぶりに味わうライバルの料理を心待ちにするのであった。
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