第119話

 解決することなんてできない、重苦しい空気が流れる。エラは怯えたような目で自分の本当の両親かもしれない夫婦を見ていた。

「そんなあり得ないこと、言わないでよっ」

 取り乱した声が響く。まるで赤い炎のようにあたりに散ったその怒声は、私の耳をつんざいた。

 冬菜はパニックに陥っているようだ。無理もない。むしろ、私がこれだけ冷静なのがおかしなくらいだ。わからない、わからない。どうすればいいのか、全くわからない。

 エラが何を思っているのかもわからないし、この夫婦の考えもわからない。冬菜になんて声をかけてやればいいのかもわからない。

 自覚はある。冷静、という言葉を使っても、私はやっぱり焦っている。パニックと言っても過言ではない。無理矢理落ち着いて見せているだけなのだ。隠しきれないこの表情が、この証拠ではないか。

 それでも、私には繕ってでもやらなくてはならないことがある。冬菜の親友として、聖女として、1人のこの世界の人間として。

「冬菜……」

 私は苦しげに叫ぶ空気を切り裂いて、声をかけた。謎の怖さに震えながら、こちらを振り返った冬菜を見る。冬菜の目は恐怖と混乱で満ちていた。私は真の通らない声を、真剣に聴こえるようにトーンを落として冬菜に告げる。

「今、ここで一番しっかりしなければならないのは、あなたなのよ、冬菜」

 10年以上可愛がってきた娘の実の親が見つかった。覚悟はしておかなければならないことだった。冬菜だって、そんな場面は何度も想像してきたことだろう。けれど、そんな時こそ、人は冷静さを失うものだ。大切なものを取られてしまうかもしれない未来に恐怖し、必死で守ろうとする。

 だけど、本当にそれでいいの。エラを守り、理解し、導いてやれるのは、間違いなく冬菜が1番だ。エラがどんな道を選ぼうと、冬菜は母親としてどっしり構えていなければならない。子供を、エラを安心させるために。

 綺麗事だ。わかってる。でも、それでも冬菜に落ち着いて欲しかった。少しでいい。ちゃんと現実を見て欲しいのだ。エラの表情を、心を。エラは本当に行きたそうにしているの。まだ迷う段階にも行っていないのではないかしら。それなのに、今から焦ってはダメだ。エラのことを誰よりも大切に思っている冬菜、あなたこそ。

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