第83話

 木の精霊が小さくため息をつく。誰にも気付かれないのではないかというくらい小さなそのため息は、すぐに宙に消えた。

 どうやら私だけが気がついたようで、私が木の精霊さんに寄り添うように立つと、彼女は少し悲しそうな顔で笑った。

「先の獣人さん、いつもあんな感じで威嚇してくださるのですが……。いつか、何か起こってしまわないか心配で」

 そういう精霊さんは頬に手を当てて俯いてしまう。

 先ほどの男の目を思い出す。怒りに満ちたあの目は、木を守らなければと思うが故の行動だったのだろう。そんな彼を、木の精霊さんは心配している。喧嘩になってしまわないか。怪我をしてしまわないか。それも、自分のために。

「……愛し、愛されているのね」

 私が小さな声で呟くと、木の精霊さんはこちらを振り向き、そして嬉しそうに笑った。


 私達がしばらく談笑していると、フゥが私たちに気を使うように、話しかけてきた。

「ねえ、姉さん。宿、とっておいた方がいいんじゃない。ユキナとエラちゃんには、必要でしょ」

 てっきりこんなことを話している場合ではないと言われるのかと思ったが、構えて損した。

 宿。たしかに、必要だ。私にサバイバルや野宿の知識はないし、エラもかわいそうだ。どこか適当に宿を見つけて、土台を整えてから問題に立ち向かうのも悪くない。

 木の精霊さんの方を見ると、どうぞどうぞと言わんばかりに、男の獣人が行ってしまった方に手を向けている。きっと、あっちに村か何かがあるのだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて、とりあえず予約でもとってくるわね」

 冬菜は木の精霊に向かって手を振ると、フゥの首根っこを掴んでズルズルと引きずっていった。おそらく道案内でもしてもらおうと思っているのだろうが、なんとも雑な扱いだ。それに、フゥも違和感さえなさそうにニコニコ笑っているのが笑えてくる。

「3人はどうするの」

 ゼラ、フィー、ランに尋ねると、3人の答えは一つのようで手を繋いでニコニコ笑っている。

「残るわ。彼女とまだ話していたいの」

 ゼラがそういうと、木の精霊さんの目が歓喜の目に変わった。私は頷くと、エラの手を引いて、少し離れたところで待つ、冬菜とフゥの方へと向かって歩き出した。エラは楽しそうに、けれどどこか不安げな笑顔で私を見上げていた。

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