第70話

 私達は今、王様の前に立っている。王座から王様が見下ろす中、私達は王様に挨拶をするためにやってきた。王子の友人という扱いになっているなら、挨拶はしなくてはならない。けれど、それは表面上の話。私達の本来の目的は、王様の説得をすることだ。

「お初にお目にかかります、国王陛下。雪菜と申します」

 発言を許可された私達は、順に各自の名前と挨拶を口にする。私が最後に発言すると、あらかじめ用意されていた椅子に腰掛ける。私たちにピッタリのその椅子は、私たちの人数、子供かどうか否かまであらかじめ報告されていたことを表していた。これだから、貴族社会というのは恐ろしい。

「いらっしゃい、皆さん。イーサンの友人なんて滅多に来ないから、嬉しいよ」

 私たちの横には、スィーやイーサン様も並んで座っていた。あくまで私達は友人、対等な関係という認識なのだろう。騙しているようで心苦しいが、仕方がない。もういっそのこと、イーサン様のことを本当の友人だと思ってしまえれば……いや、不敬かな。

「よかったな、イーサン」

 王様はニコニコ笑っている。イーサン様は相変わらずの仏頂面だ。

 王様は本当に嬉しそうだ。確かに、イーサン様は一見怖い人にも見えるから、あまり友人がいないというのも、失礼だが頷ける。あまりコミュニケーションをとるのが上手ではないのだろう。そんなイーサン様のお父様である王様からすれば、友人が城に来るなんて、驚くほど喜ばしいことだ。

「それで、何か話があるのだろう」

 王様は唐突にそう言った。顔は相変わらず優しそうに笑っているのに、目があまり笑っていない。まるで、もう何を話すのかわかっているかのように。

「……申し訳ありません、父上。ですが、海の汚染問題について、どうかもう一度考え直していただきたく」

 私たちを代表して、イーサン様は王に頭を下げた。その所作は美しく、丁寧だ。王子として叩き込まれた英才教育の賜物なのだろう。

「みなさんも、同じ考えなのかな」

 しょんぼりしたような雰囲気の王様は、少し目線を下に落としながら尋ねた。そうだ、としか言えない私達は、何も言わずに黙って頷くことしかできない。

「……ならん」

 王様は一言だけ、そうぽたりと呟いた。その声は怒っているというよりも、悔しさに飲まれているかのように、静かだった。

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