第69話

 ページをぱらぱらとめくっていく。それなりに量のある日記なので、一文字ずつ丁寧に読んでいてはキリがない。

 そこに綴られていたのは、日々の後悔と恐怖の心。間違えた政策をとってしまって国民を苦しめてしまうのではないかという恐怖。みんなが自分を崇め讃え、間違ったことをしていても気づけない孤独感。全ての意見を救い出せなかった後悔。自分は本当に正しいことをしているのかという、不安。

 王様は、決して強い王ではなかったのだろう。自分の信念をしっかり持ち、正しいと思う道を突き進む。それでも、たまには誰でも不安になるというものだ。

「あっ、止めて」

 ランの声に、めくろうとしていたページを戻す。何かを見つけたようだ。

「ここ見て」

 ランが指さしたのは、ページの端に書かれた小さな文字。

「えーっと。『私では、海の汚染を止められなかった。たとえあれがどれだけ優秀であっても、無理な話なのだ』だって」

 冬菜がスラスラと読み上げる。おそらくあれ、というのは息子のイーサン様のことなのだろう。そして、ここからわかることはもう一つある。

「王様も、海が汚されていることに気がついていたんだ……。そして、止めようとしていたのね」

 ゼラが驚いたように叫んだ。そう、王様はおそらく、止めようと努力をして、そして挫折したんだ。

 だから、諦めてしまったんだ。自分の息子も、できるわけがないと。自分が失敗したからと言って諦めていい問題ではないのに。それでも、そうせざるを得ない何かがあったのか。

「……なんだって」

 ゼラの言葉に反応して、やっと正気に戻ったのかスィーがのそのそと近づいてくる。その目はギラギラと光っていて、少し恐ろしさを感じさせるほどだ。

「僕がこっちにきたのは最近のことだったから知らなかったけれど、そっか、王も……」

 王様も同じ信念を持っていた。それがわかれば、説得もしやすくなる。どうして王様が成し遂げることができたのかわかれば、もっと良いのだが。

 けれど、いくらページをめくっても、それ以上のヒントは出てこなかった。ついに最後のページを捲り終えた私達は、小さくため息をついて王様の日記を閉じる。

 これ以上王様の周りを探っても、ヒントは出てこないかもしれないどころか、時間がかかって、余計に海が汚れてしまうかもしれない。前世のような化学物質がないぶん、水の汚染はゆっくりだが、それでも着実に進んでいる。ゴミや洗濯によって汚れた水は、そう簡単には戻らない。魔法があるこの世界でも、それは変わりようのない事実なのだ。

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