第37話

 すでに何分経ったか分からない。けれど私はそんなこと気にもならないくらい、集中していた。

 大丈夫だよ。安心して。心の中で暗いそれに声をかけながら、もう一度近づいていく。それは今度は私を受け入れてくれた。怯えることなく、温かく優しいものが自分を包み込むその感覚に安心するように、それは私に身を委ねた。

 まるで光るように、それは溶けていって。水のように、きらきらと。砂のように、さらさらと。温かな新しい感情を手に入れたように、幸せそうにそれはゆっくりと溶けて消えていく。

 それが完全になくなると、私はそっとエラの手をベッドの上に置いた。目を瞑っていたエラが、目を開ける。

「苦しく、ない」

 ぽろっと漏れ出した言葉。その言葉に釣られるようにエラの目からは涙がこぼれ落ちた。

「エ、ラ。ほ、本当なの」

 冬菜も泣いていた。エラはうなずいているのに、冬菜は何度も何度もエラに確認する。よほど信じられないのだろう。

「やっと、やっと……」

 冬菜はエラを抱きしめて泣いている。私は自然と、冬菜とエラを抱きしめていた。別に、そうするべきだと思ったわけではないけれど、勝手に体が動いたのだ。

 2人は何度考えたのだろう。どれだけ待ち望んだことだろう。こんな未来を。2人は涙でベッドが濡れることなんて気にもせずに、わんわん泣いている。

 苦しかったね、辛かったね。気がつけば私の目にも透明の小さな海ができていた。堪えることなんてできずに溢れ出す。

「もう、大丈夫なのねっ」

 信じられないと確認するように、冬菜はエラの顔をしっかり見る。エラはそれに答えるように笑い、頷く。

「よかったね」

 私がそう言って2人の肩をさすりながら笑うと、2人も泣きながら笑った。その涙はまるで、晴天に降る雨のようだった。


 その日、少女は初めて土を踏んだ。ベッドの上に縛られていた彼女は、もういない。

 呪いから解き放たれた少女は自由を知った。苦しんだ過去は消えないけれど、未来はきっと明るい。

 少女は笑った。周りの者も笑顔になることを知ったから。その笑顔は、もう自分を心配して向けられるものではなくなったことを知ったから。

 少女は足を踏み出す。呪われていた過去と一緒に。家の外へと。町へと。未来へと。

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