第10話

 精霊達が期待した目で私を見る。きっと、私の自己紹介を求めているのだろう。相手にだけ自己紹介をさせておいて、自分が名乗らないなど相手に失礼だ。家にいた頃も何度も厳しく言われてきたので、礼儀やマナーはある程度身についているつもりだ。人間と人間の間にあるそれが、全く精霊達のそれと同じとは限らないが、できる限りの礼儀は示さなくてはならない。

「私はクロエ・ホワイトゼラニウム。人間よ。よろしくね」

 人間よ、と名乗るなんて、前世であれば考えられなかっただろう。けれど、今世では当たり前のことだ。この世界には精霊だけでなく、様々な種族が暮らしていて、人の形を成し、言葉を話す種族がいくつもある。自分が人間であるのか、はたまた他の生物なのか。それを名前と一緒に添えて話すのは、色々な国から人の集まるこの世界ではおかしなことではなかった。

「クロエちゃん、クロエちゃんだね。よろしくね」

 クロエちゃんなどと呼ばれたのは初めてだ。この世界ではいつも相手の名前に様をつけて接してきた。両親は私のことをクロエと呼んだけれど、この表情も、言葉も決して温かなものではなかった。私達は貴族なのだから、それは当然のことで。そんな温かい名前の呼ばれ方をしたのは、前世以来だろう。

 水の精霊と風の精霊が私の肩に座り、私のことをじっと見つめている。何かを期待されているのだろうが、何を話せばいいのかよくわからない。

「さ、3人は仲がいいの」

 何となく口から出たのはそんな言葉だった。まるで仲良くなりたての友達がする話のようで、なんだか嬉しい。

 ろくに友達なんかできなかった学園を思い出す。近寄ってくるのは王子の婚約者という私の地位を狙った者達ばかりで、私自身を見てくれる人なんかいなかった。

 それがどうだろう。今は私のことをクロエちゃんと呼んでくれる、友達のような精霊までできた。小さな幸せを噛み締める。私はいつの間にか自然と笑顔になっていた。

「うん。私達はいつも3人でいるの。これからはクロエちゃんも一緒にいようね」

 その言葉が嬉しくて、私は飛び跳ねてしまいそうだった。そんなことをすれば3人が私の肩から落ちてしまうので、しなかったけれど。

「嬉しいわ。ありがとう」

 心からこんなに嬉しくなったのはいつぶりだろうか。窮屈だったあの国にいるよりもずっと楽しい。この子達となら未来にも一緒に立ち向かっていける。友達とは、本当の仲間とはそういう者なのだと、私は久しぶりに思い出していた。

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