第121話 ちょっと、茜色

 筆記試験後のパーティーが終わり、アーネは、ジェイに呼び止められた。


「ちょっと、こっちへ」


「えっと、なんでしょうか、ジェイ?」


「その、ここでは、ちょっと(小声)」


「セーラ、ちょっと待っててくださいね、すぐに戻りますから」


「早くしてね、これからが・・・・わかってるでしょ?」

(早く、トーマと居酒屋へ行きたいよ)


「はい、では」



 ちょっと、部屋の隅へ移動し、ジェイはアーネに話しかける。


「ごめん、ちょっとだけ。あの、君にさっき、ちょっとだけ話したけど、もっといろいろな事、知りたくないかい?」


「えっと、知りたいですけど、また学校で教えてください」


「いや、これは、みんなが居る前では、ちょっと・・・トーマにも悪いし」


「そうなんですか?でも、それなら、どうしましょう?」


「あのね、ちょっと帝都のカフェで、二人きりで話したいんだけど、いいかな?」


「えっ?カフェで・・ですか?ちょっと、二人だけって言うのも・・・」


「ちょっと、お茶を飲むだけだから。それに、女の子たちでも人気の所なんで、気に入ると思うよ。それから、トーマの秘密についてだからね。君にとっては、有用な情報だと思うんだ」


「えっと、そうですね・・・」


「アーネ、オレは君の事が好きだと言ったけど、君を応援してるし、幸せになってもらいたいんだ。君の事を思って言ってるんだよ。だって、友達だろ、オレたち」


「そうですけど・・・わかりました」


「じゃあ、また連絡するよ」



 こうして、ジェイとアーネは、カフェにやってきた。

 服装は、二人とも制服姿で、はたから見ると、清い関係の恋人同士?な感じで、青春してる?感じだった。


 ジェイは、頼んだ飲み物などが揃うと、おもむろに、話し始めた。


 最初は、トーマがシルフィアに打ち負かされて泣きながら、それでも剣を離さなかったことや、トーマが、自身の顔の事をバカにされても怒らないのに、母親の事をバカにされたらとても怒ることなど、微笑ましい話しだった。


 だが、トーマは、時々、ジェイの母親に叱られたら頑なになってご飯を食べなくなったとか、オネショをしてジェイの母親に叱られたら、翌日からずっとオネショをして困らせたとかの話しから、だんだんと歪んだ彼の性格が話され出す。


 アリの行列を見れば必ず喜んで踏みつけたり、ヘビを見れば興奮して必ず石を投げたり、カエルを見れば必ず嬉々として捕まえてシルフィアのところへ持って行きシルフィアを泣かせたりした、とか。


 全部、ジェイが指図したのだが、そういう事は、もちろん話さない。


 そして。


「トーマは小さい頃、忌み子って呼ばれていたのを知ってる?あれは、あながち、間違いってわけじゃあない。幼な子の時は、眼帯もしておらず、そのまま素の顔を晒していたんだが、彼が寝ていた時、左眼だけがパカッと開いて濁った目玉がギョロつくんだ。オレも見たことがあるけど、びっくりしたよ」


「それは、ご病気では?」


「ああ、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。もし、魔王が彼の眼に宿っているのであれば、寝ている状態なら彼の意識の制限から抜け出して、周りをキョロキョロ見ながら観察しているのかもしれない」


「そ、そんなことが・・・・・」


「ああ、もちろん、このことは、一部の人間しか知っていないことなんだけどね。それから、こんなこともあったな」


 そう言うと、ジェイは、ハーブティーを飲み、一息つく。


 アーネは、ジェイを見つめた後、暫し、目の前の、まだ 3分の1も食べていない、この店自慢のレモネードケーキスペシャルを見つめた。


(この、レモネードケーキのお味のように、わたしのムネは、貴方の想いで甘酸っぱさに満たされてますよ、トーマ王子様。もし、魔王の呪いなら、わたしの愛で直して差し上げます。トーマ王子様は、無慈悲で残忍な方でないのは、わたし、良く知ってますよ。わたしが、昔、夜通し看病して、うとうとと寝てしまった時に、そっと頭を撫でてもらった事とか、わたしが花瓶の花のお世話をしていた時、時々、可憐な花がひと差し、他の花に紛れて入っていたのとか・・・。第一、残忍な方なら、なぜあんなにも、あの小さなクモが懐いているというのでしょう?)



「小さい頃、トーマと寝ている時、オレは夜中に目を覚ましたことがあったんだけど、その時なぜかトーマは、半身を起こし、暗闇の中、彼の両目が赤く光り輝いていたんだ。オレの家系からは、確かに魔眼を持つ者が生まれるんだけど、トーマの母親もそうだったそうだが、通常は金色に輝くもんなんだよ。オレは、その眼から何か禍々しいモノを感じて、怖くて震えたのを思い出したよ。忘れようとしてたんだけど、でも、アレは・・人間じゃない何かのような感じだった・・・」


 そう言うとジェイは、悲しげに、俯くのだった。



 そうして、2人は、ジェイがどうしても行きたい所があるという事で、路地裏に入って行った。


「こっちの方が近道なんだ」


 さらに、小さな狭い路地に入ったところで、突然、前に男が3人立ち塞がった。


「おやおや、ぼっちゃんにお嬢ちゃん、ようこそ、ぐへへへへ」

「こいつは、上物ですぜ、アニキ!」


「ああ、高値で売れそうだぜ!けへへへへ!」


「おい、お前ら、そこをどけ!」


「ああ~~~ん、この小僧、お嬢ちゃんの前だからって、見栄張って、くくくく、可愛いもんだな、くくくく」


「ジェイ、後ろも塞がれたわ。それに、ここ、アンチマジックの結界が張られてる(小声)」


「そうか・・・だったら、オレが・・アーネはどいててくれ」


 ジェイは、横の塀に立てかけてあった木の棒を持つ。


「お前ら、どうしても退かないのなら、覚悟しろ!」


「けっ!学園のガキが!やっち」


 アニキの言葉が終わらないうちに、ジェイは動いていた。


 前の3人は、一瞬の内に崩れ落ち、地面に倒れ、後ろの3人は、横の塀まで吹き飛ばされて、気を失っていた。


「もう、大丈夫だから」


 そう言って、アーネの方を、ジェイは向いた。


 アーネは、傾いてきた太陽の逆光を斜めに顔に浴びるジェイを見た。


 その顔は、あの子供の頃に読んだ絵本の挿絵にあった、あの勇者王子様の、右顔面だけが伺えて左半面は暗くて見えないという容貌とそっくりだった。


(えっ?ジェイ・・・あなたが・・・・・)



 ジェイは、その後、アーネを伴い、アーネに茜色の髪飾りをプレゼントした。


 アーネは、何度もお礼を言った。


 終始アーネの頬が茜色に染まっていたのは、沈む夕日と綺麗な茜色に染まる夕焼けのせいだけではないようだった。








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