第70話 ミラード領への訪問(4)

 完済証明書を交わし他後、悪役に相応しい捨て台詞を最後に、部屋を退出していくウァレリアとコルグ男爵。


「500億はトート村が拠出するそうだよ。そもそも500億程度であの村の財政が傾くわけがない。彼らからすれば、コルグ男爵家の勢力を排除して、このミラード領内全土を新たな経済圏にすること方が、よほど利益があるんだろうさ」


 カラカラと笑うライナ卿に、


「今までトート村が一切の手を貸さなかったのは、この領地の実情について全く知らなかったから。抜け目のない彼らからすれば、当然の処置でしょうな」


 ハルトヴィヒ伯爵様も頷く。


「グレイ君も厄介だよねぇ。他のことに関してはよく見えているのに、己のことになると途端盲目になる。ま、彼もこの点だけは年相応ということかな」

「そうですな。むしろ、卿の人間らしいところがみれて、儂は少しほっとしていますよ」

「同感だね」


 グレイ先生が聞いたら顏を顰めるような言葉を吐く二人に、ライス卿は頭を深く下げ、


「ライナ卿、ハルトヴィヒ伯爵殿、我が領地につきお膳立てをしていただきありがとうございます」


 感謝の言葉を述べる。


「僕も利があるから乗った話さ。感謝など筋違いだよ」

「儂も同様ですな」


 二人の言葉に安堵の表情を浮かべると、


「さてと、僕もそろそろ行くよ」


 ライス卿はクリフにとって意外極まりない事実を告げる。


「行くってどこに?」

「うーん、まだ決めていないけど、とりあえず、ストラヘイムかな。そのあとは、

旅銀を稼ぎながら、決めるさ」

「な、なんで?」

「決まってるだろ? 僕は能無しの駄目領主。その僕が去らなければ、この領地は真の意味で変われない」

「で、でも――」


 ライス卿はクリフに近づくと強く抱きしめると、


「今まで頑張ったね。今の君には素晴らしい仲間もいる。もう君は大丈夫だ。自信をもって進みなさい」


 かつてシラベ先生に言われたような言葉を口にした。


「ひゃい」


 泣き出すクリフに、ライス卿はその背中を優しく叩くと、リンダにも近づき、抱き締める。


「今まで辛い思いさせてごめん。でもこれから君は自分の足で歩かねばならない。たとえそれが辛く険しい道でも」

「うん」


 頷くリンダの後頭部を何度か撫でてから、トーマスさんに向き直る。


「トーマス、後は頼むよ」

「任せろよ、親父殿。クリフが一人前になるまで精々馬車馬のように働いてやるさ」


 トーマスさんは、右の親指を上げると、クリフに向き直り、その顔を真剣なものに変えて、


「親父殿以上に大変なのは俺達だ。此度の戦争への対処に、トート村に対するミラード領の各村への支援の要請。やることは山ほどあるぜ」


 クリフにその現状を告げる。


「わかってます!」


 涙を拭いて返答するクリフに、


「クリフ坊ちゃま、旦那様は私がお守りいたしますので、ご心配なく。元々、私は冒険者、気ままな旅も偶にはいい」

「セバスチャン、これ以上、君に迷惑は――」

「迷惑? 先代の私への最後の願いは、領地の立て直しとライス様、貴方の補佐。この領地が軌道に乗った今、私がここに留まる理由はありません。それに、グレイ様の御父上をお守りするのは臣下の務め、貴方がどう言おうとついていきますよ」

「臣下の務め……君もか……」


 納得したように、大きく頷くとライス卿は苦笑しながらも、退出するべく扉へ向かう。

 

「旦那様、今までお疲れ様でした!」


 髭面のコックが頭を下げると、他の使用人たちもそれに習う。

 ライス卿は振り返らず、右手を上げると、部屋を退出する。


「さて、さっそく話し合おうか。これからのこのミラード家のことを!」


 トーマスさんの掛け声に、クリフたちも頷き、ミラード家の新しい改革が開始される。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る