第34話 訪問
宴会から逃れると、西の山脈の空が真っ赤に染まっている。もうじき日没だ。
本日は週に一度の事務仕事の日。最近サガミ商会は私不在でも通常運行できるようになってきた。故に最近の私は【不実の塔】の修行にずっと集中しており、魔導騎士学院の授業以外塔内に引きこもり状態となっている。
そんなこんなで、私の強さは相当上昇している。
――――――――――――――――
〇グレイ・ミラード
ステータス
・HP:S-(28/100%)
・MP:ΛΦΨ(――/100%)
・筋力:S-(9/100%)
・耐久力:S-(3/100%)
・魔力:ΛΦΨ(――/100%)
・魔力耐久力:S-(10/100%)
・俊敏力:S(2/100%)
・運:A+(78/100%)
・ドロップ:A+(63/100%)
・知力:ΛΦΨ
・成長率:ΛΦΨ
〇ギフト:
・魔法の設計図
・円環領域
・万能転移
・永久工房(50%解放)
〇種族:――――――
〇称号:
・ブレインモンスター
・小鬼殺し
・人間道
・伝説の教師
――――――――――――――
各ステータスはAを過ぎた途端、極端に上昇しなくなる。そしてそれはSの領域に足を踏み入れて益々亀の歩行となる。
対して魔力とMPはとうの昔にカウンターストップしてしまっている。また俊敏性も成長スピードは速いままだった。
この違いは多分、私の才能の違いなのだと個人的には思っている。
永久工房はようやく50%解放させたところだが、それだけ。これ以上はどうやっても上がらない。何か他に理由でもあるのかもしれない。
魔法はつい先日、
「塔の攻略で生き残るために、強力な魔法を取得するか……なんか、これって目的と結果が逆転してないか?」
『ほんまになぁ、儂もさっさと隠居したいわ……』
ようやく起きたムラが悲壮感たっぷりの感想を述べる。最近、あの地獄で酷使しっぱなしなせいか普段は眠っていることが多くなった。その分、戦闘では始終悲鳴を上げているわけだが。
「心配するな。今日の探索は休みだ。一つ用事を済ませたら夕飯にしよう」
この時間ならもう寮に戻ってきているはずだしな。
仮面を嵌めると、魔導学院第一寮の一室へと転移した。
「おい、あれって魔法基礎学のシラベ先生じゃね?」
「あー、ほんとだっ!」
「マジ、どこどこどこ?」
忽ち、生徒達に囲まれてしまった。
サテラもこの学院では今やかなりの有名人だと聞く。下手に会いに行けば、変な噂を立てられかねない。
しかし、明日からまたあの過密スケジュールだ。今日くらいしかゆっくり話す時間などないのだが。
続々とあつまってくる生徒達に一先ずストラヘイムへ戻ろうと考えたとき、誰かが右腕の袖を掴まれ引っ張られる。
「こっち!」
金髪ツインテールの少女は、私の袖を掴んで引っ張りながら、階段を駆け上がっていく。
そして一室に押し込められた。母上殿とためを張りそうなほど、女性っぽい部屋。ここが、彼女の自室なのだろう。
「久しぶり。グレイ、暫く見ないうちに随分、背伸びたね」
腰に両手を当てて、アリア・ベルンシュタインは最近特に言われる感想を口にする。
学院ではSクラスと私を遠ざけたい教頭たち門閥貴族たちが強権を発動し、私の授業を第二校舎で行うこととしたから、Sクラスとは全く遭遇していない。
さらに、称号持ちではないアリアは転移を使用できない。この学院都市――ライゼから動けず、サガミ商会の最高幹部会議には出席していない。私はライゼの支部会議には出席していないから、サテラと同様、彼女とも一年以上碌に会ってすらいなかった。
「ふん、お前もあのチンチクリンが大分ランクアップしたようで何よりだ」
触覚のようなトレードマークの金髪ツインテールは昔のままだが、眉目秀麗な顔にすっかり大人の形に身体が完成されていた。
「その感想、とても年下からのものとは思えないんだけど?」
それはそうだろうな。だって中身はおっさんだし。
「それで私に何の用だ? ライゼ下町協会の事業の話なら私よりもジュドの方が適切だぞ。人生相談ならアクイドにでもした方がいい。思春期特有の桃色話はまったくついていけん。面倒見のよい姉様にでもするんだな」
アクイドは今やSクラスの講師だし、ジュドはこのライゼの支部会議に出席しているはず。彼女とも十分な面識はある。
「あのね、立ち往生していたあんたを助けてやったんでしょうが。それにしても、あんたの口から姉様の台詞を聞くと、薄ら寒いものを感じるわね」
「相変わらず、失礼な子供だ」
「だから――あんたの方が子供でしょうがっ!!」
「そうともいうな」
「まったく、あんたと話していると調子が狂うわ」
肩を震わせて怒りを鎮めているアリアに、
「授業はどうだ?」
ずっと気になっていた事を聞いた。
「先生たちの授業は面白いよ。最近はジーク先生のクエストを受けているかな。とても面白いよ」
ジークのクエストか。一年ほど前、ジークが第二校舎に尋ねてきたときジークに『――――の同僚教師』という称号が発現していた。称号が発現していることもあり、同時に覚者にも至っていた。
そして、ジークは今後他の一切の職務を辞退し教授職だけに邁進すると私に宣言する。
それから数日後、皇帝ゲオルグに呼び出され翻意を促すよう説得して欲しいと泣きつかれたが、丁重に断った。
ジークは賢者であると同時に、宮廷魔導士の長でもあったのだ。まさに帝国内は宮廷魔導士長の地位をめぐり、混乱の極致となる。
結局、壮絶な権力闘争に勝利し、門閥貴族派の著名な魔導士が宮廷魔導士の長の地位についたらしい。
国全体としては確かにマイナスなのだろう。だが、仮にもジークが決めたことだ。そもそも私が口を出す事ではない。それに元々ジークは魔導学院の教授が本職と自称していた。奴からすれば本業に戻っただけ。今は友としてその意思を尊重してやるべきなのだと思う。
「それは良かった」
称号が発現し覚者となっている以上、ジークも私の『伝説の教師』の称号を扱えている。子供達の教育も順調のようだ。
「で? グレイこそここに来た理由は?」
「それは――」
「まあ聞かなくても予想つくけどね。サテラでしょう?」
私が口にしようとするより先に半眼でアリアは今も口から出ようしていた名前を告げる。
「あ、ああ、そうだ。サテラは元気か?」
「それはもう。今もアランたちとクエストに行っている最中よ」
「そうか。それはよかった」
元気ならそれでいい。どうやら入れ違いとなったようだし、日を改めようとしよう。
踵を返そうとしたとき、
「ねえ、グレイ」
「うん?」
肩越しに振り返ると、敵地に足を踏み入れたような険しい顔で私を見つめていた。
「グレイは、サテラが好きなの?」
「もちろん、大好きだぞ」
アリアの疑問に即答する。妹、いや、幼い頃からともに暮らしてきた娘のような存在だし、幸せになってもらいたい。そう心の底から思っている。
「そう……」
私の返答にそう呟いたままアリアは、俯き口を閉じてしまう。
「じゃあな」
若干の疑問を浮かべながらも、再び背を向けてアリアの部屋からストラヘイムへ転移したのだった。
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