第33話 開いた言語魔法の扉

 母アンナに挨拶しようと彼女のアトリエへ向かう。

 最近は、母上殿はこのアトリエに籠ってデザインを書いている。なんでも自分の書いたデザインと寸分違わぬ姿で衣服として完成するのが面白いんだそうだ。


「グーちゃん、待っててね。今、お茶入れるから」


 いつものように私に熱い抱擁をすると、台所へ行こうとするので慌てて右手を向けると、


「いえ、母様、今からどうしても避けられない用事があるのです」

「そう言ってグーちゃん、中々屋敷に来ないじゃない」


 拗ね始めた母上殿に、


「来週の日曜日には、必ず訪れます。必ずです」


 念押ししてどうにか説き伏せる。

 

「アンナ、飯か?」


 部屋の奥のベッドで寝ていた幼女ドラハチが瞼を擦りながら起き上ると、つられてシーナ、ハクも起き始めた。どうやら、ここで昼寝していたらしいな。

 病気が完治した後、シロヒメは【アコード】の付近に精霊族たちの街を作った。シロヒメはその町長としての経営で日々多忙を極めており、ハクを碌に構ってやれていない。そんなこんなで、ハクはドラハチ、シーナといつも一緒にいる。


「ご飯はまだよ。そうねぇ、おやつを作りましょうか」


 のんびりしした声で近づいてきたドラハチの頭を撫でると、


「おやつだけでも食べて行きなさい」


 有無を言わさぬ口ぶりで私に指示を出すと、エプロンを付けると部屋をでていってしまった。


「おやつじゃ、おやつじゃ、おやつなのじゃ~」

「わーい、やったデシ」

「美味しそうだねぇ」


 ドラハチの奇怪な鼻歌を聞きながらも私も観念し、台所へと降りて行ったのだった。



 母上殿とのおやつの後、ストラヘイムのサガミ商会商館へと到着。

 そしてその足で約束していた第一工房へと行く。

 長年の研究の末、ようやく魔法武器が完成を見たのだ。

 工房へ訪れると研究者たちが全員集合していた。


「おお、グレイ、やっと来たか。完成したぞ」


 研究者たちが取り囲む小さな円形のテーブルの上には、フィンガーレスの真っ黒なグローブが置かれていた。

 あれが完成品か。

 

「ご苦労様です」


 ルロイと右手を叩き合い、手袋を手に取る。


「これは火炎系の魔法に特化した武具……ですか?」

「そうじゃ。原料はEクラスの魔石じゃ。それ相応の火炎系しか込めることはできぬがな」


 私は専用のBランクの魔石から作った針を取り出し、針に魔力を込めながらも、ゆっくりと手袋の甲の部分に【炎舞フレイムロンド】の詠唱を刻んでいく。赤黒く発色していく手袋。

 手袋を嵌めて魔力を込めると炎が噴き出す。その炎はまるで生き物のように私の意思一つでユラユラと動き、様々な形を形成していく。

 

「魔力を込めると自動発動。その込めた魔力と所持者の意思のみで完全コントロールも可能。しかも、この金属とは思えぬ柔らかさ。完璧ですね。ほぼ私たちの理想を体現しています」

「そうじゃろう。そうじゃろう。武具だけでは面白くないといったときには、お主の正気を疑ったがな」

 

ガハハハッと大声で豪快に笑うルロイに、


「まさか、私もこうも見事に成功させるとは夢にも思いもしませんでした」


 私も口端を上げて笑みを零す。


「会長、ルロイ師匠、俺達にも試験運転させてもらってもよろしいですかな?」


 不敵な笑みを上げている私たちに眼鏡のフレームを押し上げながらも、パーズがそう懇願してきた。冷静なパーズらしからぬ上擦った声から察するに相当動揺しているのだろう。

 無理もない。私とてこの非常識な物体を作り出したことに胸に熱く迫るものを感じていた。


「構わんよ。ほれ」


 パーズにグローブを放り投げると震える手でそれを嵌めて、魔力を籠めた。

 掌に噴き出る炎。それらの炎は円を描き、次に線となり図形、文字を描いていく。


「すごい……」


 口から捻り出される研究員の感嘆の言葉。私はゆっくり皆を見回し、


「諸君、今ここに言語魔法の扉が開いたっ!」


 私がずっと渇望していた宣言をする。刹那――嵐のような歓声が部屋中に反響したのだった。



 予定調和のごとく真昼間から宴会が開かれ、私はルロイと部屋の隅でちびちびと茶を啜っていた。


「だが、どうするんじゃ? 今のままでは売れんぞ」


 ルロイがビールの入ったジョッキをテーブルの上に置くと今一番の問題を尋ねてくる。


「うむ、そうですね。あれは一般に出回るには少々性能が高すぎる」


 魔石から魔鉱石を製造する技術は、商業ギルドには報告して仮の特許はとっている。その際、ライナと相談し、公表の時期を慎重に探っていくことで一致した。

この世界での魔鉱石の重要性に鑑みればもし公表すれば間違いなく世界は著しく混乱する。魔石の収集に皆が躍起になるのは目に見えているのだ。欲に目がくらんだ人間の末路を私は知っている。下手をすればゴールドラッシュのごとく科学技術の発展など目もくれず、魔石の収集が為されるかもしれない。そして、その際の混乱で魔物とみなされた知的生物も狩りと称して狙われるかもしれぬ。それは私の望むところではないのだ。

 さらにこの度開発した技術は、今までの魔鉱石の開発を根本的に変えるほどのもの。今、公開されれば、まさに待つのはカオスだろう。


「儂は開発に成功させたことで満足じゃ。取り扱いはグレイ、お主に任せる」

「わかりました。ですが私たちの最終目的はあくまで魔導と科学の融合。研究だけは進めておきましょう」

「おうよ。望むところじゃ。それで、次は何をするつもりじゃ?」

「次のステップは科学的機器によりあの魔法具を制御できないかですかね」

「制御か。面白いな。話し詳しく聞かせろよ」


ルロイの目が酔っ払いのものからギラギラしたものへと変わっている。


「ええ、それは――」


 私も熱いお茶で潤わせつつも、とびっきりの悪巧みを口にしたのだった。



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