第21話 最悪な決着の仕方


 開始の合図と同時にクリフとアクアが円武台の中心に飛び出し、己の木刀を合わせる。

 両者が繰り出す剣戟から生じた衝撃音が、リズムカルに鼓膜を震わせ、果ては奏者による楽曲のように会場中に染みわたっていく。


「まさか、お前とこんな形で争うことになるとはねっ!」

「そうですね! 私も驚きですっ!」


 円武台の中心でクリフとアクアの兄妹が打ち合う様子を両チームとも手を出すのも無粋だとでも言いたげにただ、黙って眺めている。


(実力は拮抗しているか)


 アクアが正当な修練を積んだ正道ならば、クリフは実戦に特化した邪道。うまい具合に噛み合い両者を一定の高みまで登らせていた。

 私は最後の3か月から生徒たちの特性に合わせて、戦闘についての専用の教師を付けた。

 主に槍での戦闘を好むプルートは複数の武器を扱える傭兵の団長アクイド。

 クリフは本人のたっての願いもあり、裏社会の若頭であるクラマが担当となる。

 テレサは同じ徒手空拳による戦闘を好むテオが、エイトは遠距離武器を得意とするカロジェロが教授した。

 遠距離と接近戦の両方が得意なミアは、器用なスパイが教えることとなる。

 特にクリフはこの三か月、生き残るための術をクラマが徹底的に叩き込んでいたのだ。

 だからこそ解せないこともある。


(クリフの奴、手を抜いているな)


 もちろん本人は真面目にやっているのだろうが、単にトリッキーなだけで、あれでは全く怖くはない。

 おそらく、実の妹相手に傷つけるのに躊躇を覚えてでもいるのだろう。それは実に人間らしい感情で、私個人としては責めるつもりは断じてない。

 しかし、どうやら相手のアクアはまったくそのような配慮など望んじゃいないようだ。それは――


「クリフ兄さん、ふざけてないで真剣にやってくださいっ!」


 彼女の噛みつかんばかりの顔を見れば明らかだったのだ。


「僕は全力のつもりだけど?」


 怪訝な顔でアクアに返答するクリフに益々、険悪の形相を険しくするアクア。


「兄さんの戦闘は散々見ましたが、もっと厳しく容赦なかった。少なくともこんな腑抜けたものでは断じてない! 私に手心を加えれば、貴方がグレイや屋敷の使用人たちにした行為がチャラになるとでも思っておいでですか?」


 クリフが容赦ないか。確かに、クラマがクリフの担当を願い出た理由はそれだったな。なんでも、本質的に自分と似ているんだとか。


『マスターにした行為って……なんか、あの嬢ちゃん、宇宙一頓珍漢なこと言っとるんやけど?』


 そんな失礼な言葉を吐くムラをガン無視し、私は二人の会話に集中する。


「いや、僕のやってきた事は重々承知しているさ。今更、謝罪するつもりはないよ」

「だったらもっと本気でやってください」

「そういわれてもね」

 

 困惑気味に眉を顰めるクリフに、アクアが表情を消す。どうやら、面倒な事態になりそうだ。


「知ってますか? この会場中に蔓延している噂を?」

「噂?」

「ええ、学科試験で合格点を取る自信がないから、担当教授と組んで不正を計画したが、試験官に発見されそうになって兄さんが殴った。そんな噂です」

「そんなのは出鱈目だ!」

 

 声を荒げて、即座に否定するクリフに、


「どうでしょうか? 後がない兄さんたちならやりかねないと思いますけど」


 微笑を浮かべながらもそう言い放つ。


「だから、違うと――」

「あーあ、昔から兄さんはプライドばかり高くて、姑息で臆病でしたが、そんな大それたことはだけはできない人でした。それがここまで変わるとは、これもGクラスのポンコツ教師の素晴らしい教えと、卑怯者たちの仲間に囲まれたお陰でしょうか?」


 会場からどっと嘲笑が巻き起こる。


「今、何と言った?」


 俯いたままゾッとするような声を上げるクリフに、


「あーあ、とうとう耳まで悪くなってしまった? いいでしょう。ポンコツ教師と卑怯者の仲間のせいで兄さんは変わってしまった。そういったの――」


 アクアの言葉は最後まで続かず、疾駆したクリフから放たれた木刀の突きが、アクアの細い喉に吸い込まれる。


「っ!?」


アクアがそれを木刀で弾くが、その勢いを利用しコマのように回転したクリフの左回し蹴りがアクアのどてっぱらへと直撃した。


「が!」


 地面を転がるも態勢を整える事すら許さず、地面を這うように接近したクリフがアクアの両眼に人差し指と中指を突き立てる。


「くっ!?」


 身をよじって眼的を避けるが、アクアの懐に飛び込んだクリフの掌底がその鳩尾にぶちかまされる。

 くの字になりながらも、地面を転がるアクアに向けて複数の青色の球体が高速で飛翔し、衝突、爆発を引き起こした。

 不自然なほど静まり返る場内。もくもくと立ち込める噴煙の中から、姿を現す全身をパチパチと発電させる金髪の少女。

あれは、身体強化系最上位魔法――【電光石火】。特段、詠唱したようには思えなかったし、おそらく無詠唱だ。

 私は指定された者以外に魔導書を与えることを許可していない。つまり、あれはアクアという少女の純粋な力と才能により完成させたもの。

 短期間では生徒の特性に合った一つの魔法を仕上げることが最善。結局ところ、こと戦闘に関してはシルフィたちと私たちの行きついた方針は同じだったというわけだ。


「お前らを潰す」


 クリフが犬歯を剥き出しにしてそうただ宣言し、傍観していた両者の生徒達も強烈で複雑な感情をその両眼に灯らせながら武器を握る手に力を入れる。こうして、今度こそ両クラスは激突したのだった。



 ほぼ両者は互角の様相を示した。

 私の見たところSクラスとGクラスの平均ステータスはサテラを除けば大して変わらない。これほどの短期間での急成長だ。多分、シルフィあたりが私の【伝説の教師】の称号を借用できるようにでもなったのだろう。

 

 エイトの十八番の【空圧遷弾】は、サテラに完璧に防がれてしまったことからエイトも直ぐに防御系魔法の展開に役割を変更していた。

 その結果、クリフとアクアの兄妹対決。アランとプルートの槍と魔法対決。ミアとアリアの近接から中距離魔法戦闘。テレサとロナルドの接近戦頂上決戦へと戦闘は推移する。

 アクアの【電光石火】には、速度の向上と電撃を纏うことによる攻撃力の著しい向上の効果がある。彼女の猛攻をクリフは最上位魔法――【黒蛇】により無数の黒蛇を出現させ対抗している。

 この【黒蛇】はその名の通り、魔力により無数の黒蛇を生み出し操作する術。束縛、攻撃、防御を可能とする汎用性の高い魔法。戦術重視のクリフにとってピッタリの術だ。正攻法で繰り出してくるアクアの猛攻をクリフは【黒蛇】を用いてそれを避け、隙を付き、反撃を仕掛けている。詰将棋のごとく中々見ごたえのある勝負だ。

 プルートとアランは槍での接近戦を演じていた。両者が槍を打ち合わせる度に、炎が舞い上がり、熱風が吹き荒れる。

 驚いたことに、二人が得意としたのは最上位魔法【炎武纏えんぶてん】という同じ火炎魔法だった。この【炎武纏えんぶてん】は、全身に火炎系の属性を纏わせ身体能力の著しい向上を図る術。おまけに慣れると、炎を放つことも可能となる。そんな術だ。

 見たところ、魔法も技術も身体能力も同程度の実力だ。あとは体力と気力の勝負だと思われる。

 アリアとミアは接近すれば体術で、離れれば魔法を打ち合う戦闘を展開していた。

 もっとも、ミアには魔法も体術も大分余裕があり、終始アリアを圧しているようだった。まあ、二人とも奥の手は出していないようだから、それによって結果は変わってくるだろう。

 そして最後のテレサとロナルドとの戦闘。

 当たれば一撃で終わる威力の拳がテレサから連続で放たれる。ロナルドは身をよじって鼻先スレスレでテレサの拳を避けるが、掌風により吹き飛ばされてしまう。爆風により空中で回転しながらも、ロナルドはテレサに対し十数個の火炎系の魔法を展開し、無詠唱で放つ。しかし、テレサが無造作に左腕を振り払うだけで無数の火炎の球体は弾け散ってしまった。

そして再び、ぶつかる二者。


「……」


 審判役を買って出た主審の戦闘科の教授が茫然と眺め、


「すげぇ……」


 副審の教授が感嘆の声を上げる。戦闘のプロたちを唸らせるほど両者の戦闘は、高次元なレベルにあった。

 テレサは元々他人と比較し極めて高い身体能力があった。何せ幼少期から魔物を素手で殴り殺していたような少女だ。武術を本気で学ぶ機会というものが今までなかったのである。そんな彼女は、テオから本格的な武術の訓練を受け、その才能を完全に開花させていた。

 対してロナルドは努力の人。ジークから彼が昔から血反吐の吐くような訓練をしてきたことは聞いている。その努力が今になって報われ、今もあの怪物のような少女の猛攻を紙一重でしのいでいる。


「素晴らしい」


 自然に私の口から出た感嘆の言葉。

 

『マスター、随分、嬉しそうやね』

「まあな、感無量というやつだ」


 半年。そうたった半年に過ぎない。そんな短期間であの井の中の蛙だった生徒達がこれほど成長したのだ。嬉しくないはずはない。

 当初、私にとってこの教師の真似事は帝国政府に押し付けられた面倒な仕事のような位置付けだった。それが半年たらずの関わりで私にとってこれほど大きなものになるとは、驚きを禁じ得ない。


『老婆心ながら、マスターはもっと身近に目を配った方いいと思うで』


 ムラらしくない生真面目な声に、


「ムラ、お前それってどういう――」


 私が腰の駄剣に視線を落とし尋ねたとき、


「くだらない」


 聞き慣れた少女の声。その苛立ちを含有した吐き捨てるような声に咄嗟に顔を上げたとき、円武台の上に伏すGクラスの生徒達。そして、円武台の中心に立つメイド姿の少女。


『やっぱ、こうなりはったか……』


 ムラの落胆の声をバックミュージックに、その赤髪をはためかせてる光景をはっきり認識し、決勝戦は我がGクラスの敗北であっさり終了したことを私は理解した。


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