第6話 AクラスとSクラス

 寮を出て少し歩くと魔導学院への通学路となる。

 今日は休日であり、本来授業はないはず。なのに結構な数の生徒達が教室へと向かって歩いていた。


「おい、あれGゴキクラスじゃね?」

「碌な授業をうけられないから、私達に交じって補習を受けるとか?」

「マジかよ。学院側も何考えてんだ!? この人生がかかった大切な時期に能無しどもと関わって俺達のレベルを低くしてどうすんだよ!!」


 補習と思しき生徒達からの驚きの声やら、侮蔑の言葉が聞こえてくる。

 ミアたちも当初はこの通学路を通っていたが、Gクラスの寮の裏の山道から教室まで直接行くことができることを知ってからこの道は使用しなくなった。皆、通学路の変更につきもっともな理由を付けてはいたが、多分、周囲に憎まれているミアに気を使ってくれたんだと思う。

 少し歩くと数人の生徒達とばったり出くわす。


「あーら、ゴキブリクラスの皆さーん。随分早いご出立ですことぉ」


 サラサラの金色の髪を腰まで伸ばした少女が、いつもの底意地の悪い笑みを顔一面に浮かべていた。


「またお前か……飽きもせず、しつこいな」


 プルートが嫌悪感を隠そうともせず、そう吐き捨てる。

 この眼つきの悪い少女は、メッサリナ・ゲッフェルト。天下のゲッフェルト公爵家の息女だ。休日など皆でこの道を利用すると、決まって不愉快な態度で絡んでくる。


「あらー、試験も間近なのに随分と余裕でいらっしゃるようねぇ? わたくし達はこれから、レノックス先生の補習ですのよ! とうとうあの生意気な教師にも見捨てられちゃったぁ?」

「ああ、そうならないように努力するつもりだよ」


 右手をプラプラさせてメッサリナたちと目すら合せようとすらせず、その脇を通り過ぎる。

 当初はプルートあたりが突っかかっていたが、最近は誰も相手にすらしていない。


「何よ、その態度っ!」


 メッサリナの同クラスの少女が憤慨し、


「……」


 メッサリナはまるで親の仇でも見るような目で少しの間ミア達を睥睨していたが、直ぐにその顔を悪質に歪ませる。


「あんたらも可哀そうよねぇ。あんなボロボロの薄汚い寮に、校舎は山の中ですって? まるで山猿みたい」

「失礼ですよ、メッサリナ様ぁ、主に山猿の方にですけどぉ」

「そうね、失言だったわ。謝らなきゃね。御免なさいね。山猿さん」


 山に向けてお辞儀をすると一斉に笑い出すメッサリナ達。笑いのツボがよくわからないが、一応馬鹿にされているんだと思う。


「そうかな。寮は結構住みやすいし、私達の教室も中々いい感じよ」


 テレサが細い腰に両手を当てて、自慢げに余計なことを口にした。私達の会話に耳をそば立てていた周囲の野次馬が一斉に騒めく。

 テレサは、ハルトヴィヒ伯爵家の息女。地方豪族ではマクバーン辺境伯と双璧をなす武力と経済力を有する。下手な中央の門閥貴族よりも裕福な暮らしを送っているはずだからだ。


「つ、強がりね」

「別にわたくし強がってないよ」


 きょとんと小首を傾げるテレサに、


「Gクラスの教室は倒壊寸前のボロボロだという報告を受けてるわ」


 眉を潜めて、巷に流布されている噂を口にするメッサリナ。


「うん。そうだったよ」

「だった? か、改築でもしたのかしら?」

「したよ。私達の手でね」


 誇らしげに言い切るテレサに一瞬皆ポカーンとしていたが、直ぐに笑みがこぼれ、大爆笑となる。


「ふはっ! あふははっ! 聞いた? 自分たちで直したんですってぇ!」

「ああ、そんな無駄なことを生徒にさせるようじゃ、どうやら噂通り、おたくの教師は正真正銘の無能らしいね」


 金髪ぽっちゃり気味の男子生徒が何度も頷きながらも、そんなミア達には到底受け入れられない評価を口走る。


「もう一度言ってみろ?」


 案の定、静かだがゾッと背筋が寒くなるような声色でプルートがメッサリナたちに尋ねた。


「な、なによ! 平民の分際でその反抗的な態度はっ! このわたくしを――」

「行こう」


 喚くメッサリナを尻目にエイトが、穏やかな笑顔でプルートの右肩を軽く数回叩く。

 プルートは数回首を左右に振っていたが、


「そうだな」


 軽く頷き、歩き出そうとする。そのとき――。


「おい! Sクラスが来たぞ!」


 緊張気味の声が響き、此方に歩いてくる集団が視界に入る。

 

「……」


 誰も彼も一言も口を開かず、道を脇に退けていく。

 集団の先頭を歩く眉目秀麗な銀髪の少年は、ロナルド・ローズ・アーカイブ、歴代皇族の中でも最高とも称される才覚の持ち主。

 その隣にいる眼つきの鋭い赤髪の少年は、アラン・クリューガー、クリューガー軍務卿の一人息子であり、やはり文武を含め天賦の才を持つ。

 この二人の異常さは外ならぬミアが一番良く知っている。さらに、帝都でも一度は耳にしたことがある神童たち。それがこのクラスに一堂に集っている。通常なら視線を独占するのは彼らであるべきなのだ。

 なのに、皆の視線の先はロナルドとアランですらなく、その直ぐ後ろを歩く赤髪の少女に注がれていた。

 絵本の中の女神をそのまま体現させたかのような美しい容姿。誰にも屈せぬ媚びぬ堂々の佇まいは、ロナルドとアランでさえもただの脇役にしてしまっている。

 魔導学院の受験で彼女には覚えがあったが、それはメイド服を着た変わった少女という印象に過ぎない。少なくとも、あんな誰も彼もの心を奪うような人物ではなかったはずだ。

 とはいえ、外見の印象はかつて目にしたときとそう変わってはいない。あえて変化を指摘するなら、その振る舞い方だろうか。

 常に目立たぬよう影に徹していた少女は、自らその枷を外してしまったのかもしれない。


「ミア、僕らは絶対に負けないよ」


 傍を通りかかったとき、ロナルドは噛みしめるように小さく呟いた。


「わ、私もなのっ!」


 ミアの宣言にアランは口端を上げて通り過ぎていく。他のSクラスのメンバーたちもミア達を一瞥し、過ぎ去っていった。

 唯一、赤髪の少女だけがミア達はおろか、Aクラスを始めとする生徒達の存在などそもそも眼中にすらないかのように、視線すら合わせなかった。


「な、何よ‼ あの平民の女っ!!」


 今もボーと彼女達の後姿を眺める群衆の中、いち早くメッサリナが覚醒し、屈辱の表情で怒りをぶちまけるが、賛同の声一つ上がらない。


「あんた達、悔しくないのっ! あんなどこの馬の骨とも知れぬ駄馬がロナルド殿下やアランの傍にいるのよっ!」

「そりゃあ、悔しいですけど……」


 メッサリナの取り巻きの少女は口籠り、


「だってなぁ……」


 他のメンバーも俯き視線を逸らす。そんな彼女たちの様子に、益々メッサリナはその顔を険しいものに変えていく。

 多分、皆、無意識に認めてしまったのだろう。彼女と己のとの間に横たわる生物としての決定的な違いを。そう思わざるを得ないほどあの赤髪の少女は圧倒的だった。


「アクア、サテラ……」


 八つ当たりをされては敵わないと散り散りになっていく生徒達の中、クリフは無数の感情が混じりあった複雑な表情で、Sクラスの後姿を眺めていたが、


「僕らも行こう」


 エイトに促され、


「ああ、そうだね」


 クリフも頷き、ミア達もその場を後にした。


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